5月28日付で発表された「第13回オリコン上半期“本”ランキング2020」では、『鬼滅の刃』シリーズや、田中みな実の1st写真集『Sincerely yours...』が好セールスを記録したが、そのランキングのなかでひと際“異彩”を放っていたのが『年賀状本』といわれるジャンルだ。“年賀状不要論”も囁かれるなかで、総合ランキングの11位に『はやわざ年賀状 2020』(インプレス)がランクイン。ムック部門では首位を獲得した。まさに時代の流れと逆行していると言える。なぜ年賀状にまつわる本が売れ続けているのか。『はやわざ年賀状 2020』の編集を担当した編集者の大野智之さんと編集長の山内悠之さんに話を聞いた。

【画像】これは新しい…宛名にデザインが施された年賀状も。工夫を凝らす「はやわざ年賀状2020」人気デザイン

■「ハガキだけでもお金がかかる。素材くらいは安くしたい」読者の思いに応えた

 年賀状の市場自体が年々縮小傾向にあるなかで、『はやわざ年賀状 2020』の推定売上部数は276,887部。長年、年賀状本の編集に携わってきた編集長の山内悠之さんは「こんなに高い順位をいただけたことは光栄。うちは書籍も出していますけど、単発ではなかなかこんな部数はいかない。年賀状の本が総合ランキングでこれだけの順位になっているのは、私たちにとっても大きなこと。まだまだ年賀状の文化は国民的なものなんだなと感じています」と話す。

 『はやわざ年賀状 2020』の表紙に着目すると、右上にとても目立つ大きな文字で「390円」と本の価格がデザインされている。これだけ“安く”購入できることが、部数としても伸びている一因ではないか。編集担当の大野智之さんは「ずっと価格競争が続いていた」と年賀状本の市場について明かしてくれた。

「やはり、売れる理由のひとつに“価格面”はあるでしょうね。年賀状ムックの価格は、年々安くなっている。数年前までは1000円程度の単価の高いものが主流でした。高品質で、素材がたくさん入っているものです。でも、年々出す枚数も減っているからか、“いかに安く済ませるか”を求める読者さんが増えている。500円台からはじまって、現在は390円台に。店頭で見つけていただいたときに、1点でも気になるイラストがあれば、それだけで買うという方もいらっしゃるので。価格を維持しながら、1点1点のイラストのクオリティを高くして、目立たせることを意識しています」(大野さん)

 価格を下げられる理由は、「リピーター率が高いから」。毎年同じ本を購入する読者が多いため、部数の変動が予想しやすいのだ。

「年賀状本は出版のなかでも部数としてはまだまだ大きい。これだけ刷れるようになっているから、390円という価格設定も可能になっています。10月から出始めて、年が明け1月にはパタッと売れなくなります。販売期間は短いんですけど、リピーターの方がいてくださるからなんとかやれる。本に付いてるアンケートで『24年分(干支2周分)集めました』と報告してくださる方もいるくらい、読者に支えられています(笑)」(山内さん)

■毎年使える“松竹梅”も“富士山”も…「素材の流用は一切していない」

 年末には、次の干支の年賀状本が始動する。1年がかりの作業になるというが、実際のところどのように編集しているのか。27年も年賀状本を作り続けていて、ある程度素材の流用をすることで、制作側の負担を減らす工夫をしているのでは…。取材前はそんな印象を持っていたが、実際に話を聞くと返ってきたのは意外な答えだった。

「絵の流用は、実は一切していないんです。すべて新規で作るのが、うちの編集部の基本方針。年度が違うだけだから、使えないこともないんですよ。でも12年前の絵って、やっぱり“古い”んですよね。松竹梅とか、富士山とか、通年使えるものも流用はしていないですね。ゆくゆく辛い時代が来たら、そんなこともしていかなきゃならなくなりそうですけど…。その質問をいただけて、もうちょっと安くできるんじゃないかって今思っちゃいましたよ(笑)」(山内さん)

 もちろん、27年分の“編集の経験値”は溜まっている。編集担当の大野さんは『はやわざ年賀状2020』のほかに、『年賀状DVD-ROMイラスト10000 令和子年版』の編集も担当。イラストレーターから年賀状のデザインがあがってくる7月には、1万点以上の年賀状を校正する。

「うちの年賀状本には、DVD-ROMやCD-ROMが付いているんです。パソコンだけで作業が完結するように、ソフトと素材を入れているものです。ROMに素材を収録する関係上、その制作は本誌よりも早く進むので、後々修正がきかない。校正作業は複数人で分担していますが、編集担当になると何周もチェックすることになります。心を空にして、マシーンと化しますね。文字アリ、文字ナシ、賀詞がないものと、1つの絵柄に3パターンのデータがあります。誤字がないか、ひたすらチェックをしていきます」(大野さん)

「9月の校了日付近は、編集部みんなが年賀状本の作業しかできない。たくさん売れますが、大変な本ではある。ただ、それだけ日本全国の人が見る本ですからね。営業と一緒に売り場に同行して、積まれた本を見るとモチベーションにもなりますね」(山内さん)

■子ども用の年賀状、傾向に変化「手書きスペースが大きくなっている」

 近年の年賀状の傾向については、「年々、手作業で作っていくという年賀状の形式は少なくなってきている。特に義務的なやりとりをするだけの年賀状は縮小傾向にある」と大野さん。年賀状を出す枚数自体は減っているが、文化に触れることを大切にする動きは見られるという。

「近年変化があると感じるのは、お子さん同士でやりとりをする年賀状です。『はやわざ年賀状 2020』では“キッズ”というカテゴリを設けて対応していますが、文字を記入するスペースが格段に大きくなっているんです。従来の子ども用の年賀状と言えば、イラストがドーンと乗ってくるイメージでしたが、最近の子どもたちは“デジタルネイティブ世代”。文字を書く習慣がないので、年賀状では手書きで文字を書かせて送らせたいという親御さんの声もある。おじいちゃんに送るでも、友達に送るでもいいんですけど、『今年もよろしく』と思いを伝えることで、日本文化の側面にも触れられる。この本も、そんな使い方をしてくれたらいいなという希望はあります」(山内さん)

 義務的な年賀状のやりとりは不要であるという議論もあるなかで、実際に市場を見てきた大野さん・山内さんは“文化としての年賀状”にどのような思いがあるのか。

「年賀状の本質は、感謝の気持ちを伝えること。“思いを伝える”という文化が消えることはないと思っています。LINEスタンプで新年のあいさつをすることもありますが、それも年賀状の本質と考え方は変わらない。時代のニーズを汲んだうえで、新しい年賀状のかたちを模索して提案していきたいです。宛名にデザインを入れたり、その年ならではの流行りを取り入れた新提案もしている。手間のかかる作業でも、なるべく楽しめるように。皆さんの気持ちが少しでも軽くなれれば」(大野さん)

「ハガキを出す文化は、今後もしかしたら無くなっていくのかもしれないけれど、『新年だから、今年もよろしく』って言いたい気持ちはずっと生きていくと思います。ビジネスシーンでは、メールで年賀状をもらうこともあるけど、『ただの挨拶だな』って認識でメールを閉じてしまうことだって多いと思うんですよ。でも、ハガキは意外と見るんですよ(笑)。だからあえて、ハガキで送る人もいるんじゃないか。今後はそういう部分も注意深く見ていければ。これからも、ニーズの変化に応え続けていきたいですね」(山内さん)