今春も話題となった美術系の大学・専門学校の生徒による卒業制作。近年は現地で展示するだけでなくSNSでも披露することで、プロも驚くようなクオリティやアイデアが大きな反響を得るケースが増えている。そんな卒業制作のひとつが、京都市立芸術大学の学生・ぃぃさん(@e_ocoto)の作品だ。“近づくと読めなくなる”ひらがな『かたちかな』をTwitterに投稿すると、人間の文字を認識する仕組みに興味を持った多くのユーザーが拡散して話題に。そんな『かたちかな』の制作の裏側や、「読める」「読めない」文字の境目、また、文字作りの魅力など話を聞いた。

【写真】何と読む? 画面を拡大&縮小せずにはいられない「ひらがな」ずらり

■卒業制作は、「読める文字」と「読めない形」の境目の曖昧さが面白く伝わるのではないかと考えた

――『かたちかな』に多くの反響がありましたね。

【ぃぃさん】普段の生活で文字に注目していない人にも面白がってもらえるものを作りたいとは考えていたのですが、想像以上の反響でとても驚きました。戸惑いもありましたが、たくさんの反応を目の当たりにできて嬉しいです。

――今回、卒業制作で発表された『かたちかな』は、「読めなさそうで読める」「遠くからなら読める」のが特徴的でしたが、どのようなきっかけで文字に興味を持ちましたか?

【ぃぃさん】文字のデザインに興味があり、日常的に書籍や看板、広告などの文字を注目して見る癖がありました。その中で、文字は絵や写真のように文化や言語が違う人が見ても意味が伝わるものではなく、線や形が集まって一定のルールを満たしたときに、その形を知っている人だけが読めるものだと気付きました。ふと、当たり前のような「文字を読めること」自体がとても不思議に思えて、その感覚を人に伝えたいと思ったのが始まりです。

――それが卒業制作のテーマになったんですね。

【ぃぃさん】はい。どこまで形を省略して読める文字を作れるか挑戦することで、「読める文字」と「読めない形」の境目の曖昧さが面白く伝わるのではないかと考えました。

――「読める」「読めない」の境目とはどのようなものでしょうか。

【ぃぃさん】展示の際に文字に近づいたり離れたり、身体的な感覚とともに見てもらいたかったので、「近づくと読めなくなる」と表現していますが、本当は距離というよりは「視界に入る文字数」が「読める」「読めない」の鍵となっています。あいうえお順や単語、文章など、意味を成して並んだ「かたちかな」の文字群は、全体を見ると、字形の推測や補完がしやすいために文字として機能するのに、個々の文字に注目すると形の情報が少なくなるので読みづらくなります。

――では、その境目を決めていく作業はどのように進めていきましたか?

【ぃぃさん】どの線をなくすとその文字と認識できなくなるのか、どの形がその文字をその文字たらしめているのか、そのルールを探るために、試作状態の文字で色んな単語を組んでみたり、既存のフォントも参考にしながら線の足し引きを繰り返しました。

■デザインのこだわりは「ひらがならしさ」をわざと排除した、一文字ではできるだけ見慣れない造形

――では、デザインとしてこだわった部分は?

【ぃぃさん】「ひらがならしさ」をわざと排除して、一文字ではできるだけ見慣れない造形になるようにこだわりました。普段よく見るひらがなのフォントは、手書きの流れを残した柔らかい曲線を持つ形が多いのですが、「かたちかな」は直線・円・半円、という単純な要素で構成しています。日本語というよりは記号や図形のように見えるような、一文字一文字の独特の雰囲気は気に入っています。

――デザイン面でもこだわりがたくさんあるんですね。ちなみに大学ではどのような分野を専門に学ばれていたのでしょうか?

【ぃぃさん】デザイン科でビジュアルデザインを専攻していました。イラストレーションやテキスタイル、パッケージデザインなど、平面から立体物まで様々な制作課題があり、その中でカリグラフィやロゴデザイン、タイポグラフィなどの文字のデザインについて学ぶ授業もありました。

――人間の文字が「読める」「読めない」の仕組みについても大学で学んだのでしょうか?

【ぃぃさん】「読める」「読めない」といった認知にまつわることは、特別に何か学んだり調べたりしたというよりは、自主制作で作字をしたり、普段看板や広告などの文字を目にする中で、不思議な形をしているのに難なく読めるデザインが沢山あるなぁ、と気付いたことが大きかったと思います。そこから、文字が読めるのはどうしてなのか、自分なりに考えを整理したものが卒業制作では基盤になっています。

■フォント制作の実用性を考えながら調整を重ねるところは、道具を作っている感覚に近い

――今回の『かたちかな』のほかにもSNSで様々な作品を紹介されています。フォント制作・タイポグラフィに興味を持ったのはどのようなきっかけでしたか?

【ぃぃさん】元々装丁やエディトリアルデザインなど本にまつわるデザインに関心がありましたが、文字づくりを本格的に意識するきっかけになったのはフリーペーパーのデザインをしていたときでした。誌面のタイトル文字を自分で作ってみたらとても面白くて、そこから自主制作として作字を始め、SNSに投稿するようになりました。

――実際に経験してみてフォント制作で大変なことはありますか?

【ぃぃさん】私はひらがなのフォントしか制作経験がなく、カタカナや常用漢字まで揃えたことがないので、本職の「タイプフェイスデザイナー」の方々のフォント制作については分かりません。ただ、ひとつの単語について綺麗に仕上げるロゴデザインと比べて、フォント制作はあらゆる単語を組んだ時に美しく見えるように調整しなければならない点が個人的にはとても大変でした。

――では、フォント制作というのはどのような魅力を感じますか?

【ぃぃさん】見た目の美しさやアイデアの面白さと同時に、文字としてちゃんと機能するか、ちゃんと読んでもらえるのか、というような実用性を考えながら調整を重ねるところは、道具を作っている感覚に近いような気がします。少しの形の工夫で、読みやすさや文章のもつ印象まで変えられるところが面白いです。

――最後に卒業後のご予定を教えてください。

【ぃぃさん】一般企業に勤めながら個人制作として文字の制作はこれからも続けていく予定です。制作物はTwitterやInstagramで投稿していきます。