東京スカパラダイスオーケストラ(以下、スカパラ)がデビュー30周年を記念し、ベストアルバム『TOKYO SKA TREASURES ~ベスト・オブ・東京スカパラダイスオーケストラ~』を発売する。アンダーグラウンドだった「スカ」という音楽ジャンルを押し上げるため長年活動してきた彼ら。その間、まとまった活動休止期間は一度も設けてこなかったタフさを持ち合わせる。初期メンバーでもある谷中敦(バリトンサックス)、川上つよし(ベース)、NARGO(トランペット)のインタビューから、その原動力を探った。

【写真】日本一モテる53歳?スカパラ谷中敦の渋ショット

■ツアー直前にメンバーが急死 それでも前進した

 メンバーとの別れは突然やってくる。1993年にスカパラの創始者だったASA-CHANGが脱退。そして1995年4月にフロントマンを務めていたクリーンヘッド・ギムラ、1999年5月にはドラマーの青木達之がこの世を去った。中でも青木が亡くなった当時は、全国ツアーを2週間前に控えた状況。バンドの歴史でも最大の危機を迎えていたが、それでも“休止”という選択をしなかった。

「正直、現実的に難しいとは思っていましたが『ここで止まっちゃいけない。リズムボックスでもなんでも使って、ツアーを開催しよう』とメンバーには口をついて出てましたね。一回止まってしまったら、そこからまたこの大きな車輪を転がすのは、ものすごいパワーが必要になると思ったんです。それに東京で“スカブーム”を作ろうと立ち上がった僕らが歩みを止めてしまったら、それを実現する者がいなくなってしまう」(NARGO)

 この発言に谷中は「NARGO、すごいこと言ったなあって思いました。だったら俺も“歩みを止めない”方向に付いて行かないとかっこ悪いなと」と語る。亡くなったメンバーが描いていた夢の続きを生きる覚悟を決めた瞬間だ。リズム隊でもある川上は、当時の危機的状況を救ってくれた“あるドラマー”にも感謝した。

「そのツアーでは、BLANKEY JET CITYとして活動していた中村達也さんが急遽サポートとして参加してくれたんです。曲を完璧に再現してくれるドラマーもいたとは思うんですけど、僕らの音楽スタイルに合う人を考えた時、達也さんしか浮かばなかった。スカパラと達也さんだからこそ、熱い音が作れたと思っています」

■コラボでは「すべての手の内を明かす」

 スカパラといえば豪華アーティストを迎えての「歌モノコラボ」が思い出される。ベストアルバムではaikoと共演することも話題になった。その歌詞を担当しているのが谷中だ。

「谷中さんが歌詞を書くようになったのは、スカパラにとって本当に大きなことでした。特に田島貴男(ORIGINAL LOVE)さんと一緒に作った“歌モノ3部作”の第1弾『めくれたオレンジ』は僕らの歴史の中でも重要な作品。バンドにとってのターニングポイントとなった曲です」(NARGO)

 当の本人は、34歳にしての“作詞家デビュー”をこう振り返る。

「素人の自分が書いたものを田島くんに歌ってもらうのは、相当なプレッシャーでしたね。個人的なポエムにならないよう、“スカパラの青春群像”みたいなイメージを頭で描きながら出来た曲でした」

 これまで数多のコラボ曲を世にリリースしてきたスカパラだが、最低限の「礼儀」があるという。

「手の内をすべて見せる、ということですね。これまで培ってきたノウハウを全部出し切らないと一緒に演奏する意味はないと思っていて。それをよく表現しているのが、エレファントカシマシの宮本浩次くんからもらった言葉。『僕は最初腰にタオルを巻いて対面しようとしたんだけど、スカパラのみなさんは全裸でした。それで僕もタオルを取らないといけないと思った』と表現していました(笑)」(谷中)

若い世代との共演で常に刺激を

 毎年、数多のロックフェスに出演するスカパラだが、その中でたくさんの刺激をもらっているという。

「ここ最近は自分たちより若い世代のミュージシャンから多大なる影響を受けています。音楽フェスで10-FEETやマキシマム ザ ホルモンなんかを観ると、お客さんの盛り上がりがものすごくて、素直に『すげぇな』と驚きます」(川上)

 NARGOは近年影響を受けたバンドに、3人組ロックバンドのUNISON SQUARE GARDENの名前を挙げた。

「彼らの曲をカバーしたことがあるんですけど、アレンジという点でバンドにたくさん持ち帰る部分がありました。とにかく演奏力が高い。語彙力が乏しくなるぐらい『本当にすごいことをしている』と、ただただリスペクトしています」

ジャマイカ生まれのスカをベースにジャズ・ソウル・R&B・ポップスなどあらゆるジャンルを独自の解釈で飲み込み、オリジナルのスタイルとしてサウンドを築き上げている彼らだが、その探究心は未だ衰えることはない。

「まだまだ発展途上、先があると思っています。最新アルバムを世に出す時は、『これは今までの中で1番いい作品だ』と思えないと創る意味もない。常に過去の自分たちを超えたくて、バンドを続けているんです」(谷中)

■スカパラは「ベストを尽くさないと落ち込む人たち」

 ひとたびステージに上がれば、どこでもホームに変えるほどのパフォーマンスを披露する。近年、国内で開催された単独公演はソールドアウトを連発。ファンはそこでしか鳴らされない幸福なグルーヴを求め会場に足を運ぶ。

「みんな、ベストを尽くさないと落ち込む人たちなんですよね。結局、30年活動を続けているのもどこかで満足していないから。この歳を迎えても『俺たちはもっとすごいことが起こせるはずなんだ』と未だに信じている。だから常に全身全霊だし、これからも同じようにライブを続けていくと思います」(谷中)

 2019年にはメキシコ最大の音楽アワード『Las Lunas del Auditorio 2019』のオルタナティブ部門でベストパフォーマンス賞を受賞した。世界中でライブを繰り広げ、これまで訪れた国は31を数える。今後スカパラはどこに向かっていくのか。

「先日、コロンビアの8人組バンドのムッシュ・ペリネというアーティストとのコラボが実現したんですけど、ものすごくかっこいいグループで、刺激をたくさんもらいました。アルゼンチンのラテンアーティストとのコラボ企画も進行中です。そういった活動をしていく中で、新しい“トーキョースカ”のサウンドを提示していきたいですね」(川上)

 NARGOも似た思いを持っている。

「去年のメキシコでの受賞で、音楽に国境がないことを示せて本当にうれしかったし、これからも世界中を踊らせていきたいです」(NARGO)

 最後に谷中は楽器の重量を引き合いに出しながらこんなことを語ってくれた。

「20代の頃の方が、バリトンサックスを重たいと感じていたかもしれないな(笑)。楽しんでやっていたら、いつの間にかその“重さ”は感じなくなっていて。裏を返せば、スカパラがライブなどで『パラダイス』を提供できると実感できているから。これからも、世界中のどんな場所でも自分たちのパラダイスを作っていけるように活動していきたいですね」

 亡くなったメンバーや去っていったメンバーの思いを背負い、オーディエンスやスタッフも含め、スカパラに関わった人たちをひとり残らず幸せにする。これはスカパラの矜持だ。ジャンル、国境、世代、すべての「ボーダー」を取っ払い、目の前にいるオーディエンスに楽園を届けるべく、音楽を鳴らしていく。

(取材・文/中山洋平 撮影/加藤岳)