先月、国会に参考人として出席したさかなクン。通常は帽子の着用が禁止されているが、トレードマークの“ハコフグ帽”の着用が特例として認められ話題となった。実はその前日や翌週にも、彼のかつての発言を称賛するツイートが2度も約20万いいねの“バズ”を生んでいる。テレビに出演し始めたのは既に27年前だが、今では公的機関からも引っ張り“ダコ”。活躍の場を広げても、ただひたすらに魚を愛し続けるその姿は、年々説得力と信頼度を増している。さかなクンがどこまでも“好き”を貫き、変わらず“永遠の少年”の魅力を湛えている理由とは?

【画像】かつて“水槽”と間違えて”吹奏”楽部に入ったさかなクン、時を経てスカパラに加入「夢のようでギョざいます」

■さかなクン「イケメン」に20万いいね、陛下も認める唯一無二の存在に

 小学2年生のときに見た同級生のタコの落書きに衝撃を受け、海の生き物の魅力に取りつかれたというさかなクン。高校生になると、『TVチャンピオン』(テレビ東京系)の「全国魚通選手権」に出演して準優勝、その後5連覇を達成して殿堂入りした。今ではバラエティタレントのみならず、魚類学者、大学の名誉博士、各自治体大使など、あらゆる肩書きを持ち、幅広い分野で活躍している。

 今回、「品位や礼節を欠くものでない」として“ハコフグ帽”が国会で特別に認められたニュースには、「偉業や功績があるからこそ」「色々なことを超越した存在」「人格と活躍からくる人望」と好意的なコメントばかり集まった。実は、さかなクンは明仁天皇(現、上皇)陛下の前でも、“ハコフグ帽”を「正装」として脱帽しなかった。のちに、絶滅種クニマスを偶然にも再発見するという前人未踏の快挙を成し遂げた際に、現上皇が記者会見で彼の名を挙げてお褒めの言葉を述べたことから、“ハコフグ帽”含め、さかなクンは現上皇にも認められる存在といえるだろう。

 本人曰く、それは「帽子に見えて実は皮膚の一部」。電車の移動中や家の中でも身に着けており、メッシュ加工の夏用から冬用、水中用、クロマキー用、大学の校章入りの教壇用のギョ(5)種類持っているとのこと。イラストレーターとしても活躍する彼は水木しげるさんの大ファンで、お決まりのセリフ「ぎょぎょぎょ」は、水木さんの漫画に使われていたのが語源だが、それほど尊敬する方のお別れ会でも“きちんと”着帽。スーツにネクタイ姿で黒バージョンを着用していた。

 天皇陛下の前や葬儀の際でも脱帽しないことに一部批判の声はあるが、そのいかなる場面でも全くブレない姿勢に、年々支持が広がっている。実際、先月だけでも国会の件で「さかなクン」がTwitterトレンド入りしたほか、彼のかつてのコメントに関するツイートが2度“バズ”を生んだ。

 ひとつは、14年前に朝日新聞に掲載された「いじめられている君へ」というタイトルのコラム。「メジナは海の中で仲良く群れて泳いでいます。せまい水槽に一緒に入れたら、1匹を仲間はずれにして攻撃し始めたのです。(略)助け出しても、また次のいじめられっ子が出てきます。いじめっ子を水槽から出しても新たないじめっ子があらわれます」と、広い海ならみんな仲良しなのに、小さな水槽に入った途端になぜかいじめが起きるという魚の世界を人間の世界にたとえ、「大切な友だちができる時期、小さなカゴの中でだれかをいじめたり、悩んでいたりしても楽しい思い出は残りません。外には楽しいことがたくさんあるのにもったいないですよ。広い空の下、広い海へ出てみましょう」と問いかけたのである。
この発言は時を超えてTwitterで度々拡散されており、先月も「さかなクンのこの言葉、ずっと覚えてる」というユーザーのつぶやきに20万超いいねがつき、「涙とまらん」「この言葉は真理」などと再び絶賛された。

 もうひとつは、「海はミサイルを捨てる場所じゃないと言い放ったイケメン」というコメントとともにさかなクンの顔写真がつぶやかれたツイートで、約20万いいねの反響があった。これは、3年前に北朝鮮がミサイルを海に落とした際に、本人が「これ以上、私たち日本のたいせつな自然とたいせつな心を壊さないで!!」と発言し、話題を呼んだ。それに対する一般の方のコメント「海はミサイルを捨てる場所じゃない」がさかなクンの発言として一人歩きしているのだが、いずれにせよ、14年前のコラムや3年前のコメントすら朽ちることなく賞賛され、広く認識されていくところが、彼の信頼の高さを物語っている。

■“ハコフグ帽”は後天性でも、“魚”と“絵”は偉大なる母が伸ばした才能

 “ハコフグ帽”は、テレビ出演の際に「印象が薄い」とディレクターに言われたのがきっかけで、生まれつき「皮膚の一部」なわけではないが、理由はそれだけではない。「幼少期に魚屋の水槽で、ハコフグが他の魚に迫害されながらも懸命に泳いでいた姿に心打たれたことを思い出し、『ハコフグに元気をもらおう』と思った」ことから、初恋の相手ウマヅラハギではなく、ハコフグが選ばれた。

 一方、“魚好き”は、もちろんバラエティのために作られたキャラではない。中学からの同級生というドランクドラゴン・鈴木拓は、さかなクンは当時から鉛筆、消しゴム、下敷きなど持ち物は全部魚関係の物で、授業中は隠れて教科書に魚の絵を描いていたと語っている。さらには、机の中でゴソゴソしていたので気になって見てみると、なんとフグの剥製を撫でていたというのだから、彼は紛れもない“本物”である。
 中学生時代に“水槽”と“吹奏”を間違えて吹奏楽部に入部したエピソードも有名だが、一度夢中になるととことん突き詰める性格から、その後は楽器の魅力に取りつかれたという。それから約30年後、東京スカパラダイスオーケストラと共演を果たすことになるのだから、当時の“本気度”の賜物ともいえよう。

 そんなさかなクンのまっすぐすぎる人格を形成したのは、偉大なる“母”の存在が大きい。魚図鑑でいっぱいのランドセルに教科書など入るはずがなく、授業中も魚のお絵描きに忙しかった彼について教師に注意されると、母は「あの子は魚が好きで、絵を描くことが大好きなんです。だからそれでいいんです。成績が優秀な子がいればそうでない子もいて、だからいい。みんなが一緒だったらロボットになっちゃいますよ」と一蹴したという。
 幼少期から絵が上手かったことから、学校の先生に本格的に絵を習うことを勧められた時も、型にはまらず好きなように描いてほしいとの思いから、誰かの弟子入りはさせなかった。今でこそ“個性”が重視され、一芸に秀でた人間が注目されているが、実際に子どもの個性を活かす教育をしている親がどれくらいいるだろうか。

 そのおかげで絵の才能と魚の知識量はみるみる伸びたが、逆に学校の成績は低迷。アルバイトでは水族館・魚屋・寿司屋と全て魚関連の仕事に就くものの、魚の名前は覚えられても作業内容は全く覚えられず、何をしてもダメ出しの連発だったという。しかし、寿司屋に魚の絵を飾るとイラストの依頼が相次ぎ、イラストレーターとして活躍するように。
 「魚に夢中だから勉強している時間はない」と一度は諦めた憧れの大学への道も、バラエティでの活躍などを受け、2006年に東京海洋大学客員准教授に就任、2015年には名誉博士号を授与されている。小学校の卒業文集で「将来の夢は、東海水産大学(現、東京海洋大学)の先生になることです。研究したことを、いろいろみんなに伝えてあげたいからです」と綴っていたさかなクンだが、遠回りしながらも見事に達成したわけである。

 そして、前述のクニマスについては、環境省が絶滅種と断定した生物が再発見された初めての出来事で、環境省からしてもまさに“目から鱗”であっただろう。中学生時代には、理科室で飼っていたカブトガニが「水槽が狭くてかわいそう」だと思い、決まった時間に外に出していたところ、それを潮の満ち引きと勘違いしたカブトガニが産卵に至り、さかなクンは民間人として初めてカブトガニの人工ふ化に成功している。
 周りに合わせることを強制せず、ひたすら息子の“好き”と“個性”を尊重し続けた母の教育によって、息子はいくつもの偉業を成し遂げたのだ。


 さかなクンのように好きなことをとことん貫き、1つのことを究めることは決して容易ではない。少年時代、誰しもが何かに夢中になった思い出があるだろう。しかし、大人になっていく過程で、いつしかかつての情熱を失ってしまう。だからこそ、社会や周囲に流されることなく、邪念のない「好き」を追求し続けるさかなクンに、我々はどこかにおいてきた“少年心”を思い出させてくれるのではないだろうか。
 年齢は「成魚」で非公開としつつも、ドランクドラゴン・鈴木拓が同級生と明かしたことから“鯖”を読めなかったさかなクンだが、みんなが“大人”にならずとも、純粋無垢な“少年”が社会や世界に通用する姿を見せ続けてくれることに期待したい。