歌手の長渕剛が、24日放送のTBS系バラエティー番組『中居正広のキンスマスペシャル』(後8:00~10:00)に出演。昨年12月20日に腹部の激痛と発熱で緊急搬送され、急性腎う腎炎で2週間の緊急入院から復帰して以降、初となるバラエティー出演で、自らの原点である両親との“誰も知らない”壮絶な物語を涙ながらに初告白する。

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 長渕は生後すぐ仮死状態に陥り医者も諦めかけたが、母の懇願により注射を1本打ってもらったことで奇跡的に九死に一生を得た。その後も病弱だったが、家が貧しく母は栄養不足で母乳が出ず、けれどミルクを買う金もなく、米の研ぎ汁で育てられた。戦後わずか10年で、すきま風が吹き抜ける木造モルタル、四畳半一間の長屋暮らしだった長渕家は、長男・邦人(くにと)を生後すぐに亡くしたこともあり、母は過保護なほどに剛を溺愛していた。

 長渕少年は、大好きな両親の諍(いさか)いに心を痛めながら、差別や格差に満ち、どんなにがんばっても報われない現実に、やるせなさと「金」や「権力」への嫌悪感を強めていくが、中学3年生で人生を変えるギターとの出会いを果たす。内に秘めた“心の叫び”があふれ出し、高校3年間で300ものオリジナル曲を生み出したという長渕だが、番組ではこれまでの貴重な作詞ノートを特別に公開する。

 その後、長渕は大学へ進学するが、それは建前で、福岡のアーティストたちの登竜門だったライブ喫茶「照和」に通い詰め、一躍人気歌手に。20歳でヤマハのコンテストで優勝すると、デビューの話が舞い込み、大学を中退してプロデビューを目指すことにしたが、学歴がなく苦労した父は大反対し、生まれて初めて本気で殴られる。それでも、長渕は歌手の道に進むと、「巡恋歌」「順子」などといった楽曲がヒット。俳優としても強烈な個性を発揮し、『家族ゲーム』『とんぼ』などドラマ史に残る名作に出演した。

 世間に認められ始めた25歳の時、母が末期の大腸がんだと判明。必死に東京の病院を探し、紹介された病院で手術を受けた母は何とか持ちこたえたが、その一方で「金で命も買えるんだな」「貧乏人は病気も治せないんだな」と痛感する。数年後、追い討ちをかけるように、母がアルツハイマー型認知症と診断される。がん闘病から、さらに10年以上も続く介護生活が始まると、ライブツアーや音楽スタッフとの軋轢(あつれき)や心労が重なり、長渕自身も倒れ、ツアーを中止せざるを得ないほど追い込まれていった。

 死んでしまいたくなる衝動の中で、生まれたのが「STAY DREAM」。ここでも長渕を救ったのは「歌」だった。母を自宅に引き取り自ら介護をしようと試みたが、お風呂で母の体を洗った時、涙が止まらなくなり、結局病院に頼ることに。同時期に自らの子どもが誕生し、希望ある「生」と「死」にゆく母との狭間に揺れながら、母を歌った「MOTHER」を作った。長渕はスタジオで中居正広に向かって、母が自分のことを忘れてしまったときのこと、母が最期まで言い続けた言葉について語りながら、最後はスタジオで特別な歌を熱唱する。