東京ドームの野球場を、一晩で大規模な音楽ライブ会場に変えてしまう。この設営テクニックは、おそらく世界をみてもトップクラスといえるだろう。日本におけるコンサートやスポーツイベント、展覧会などの設営を担う業界最大手のシミズオクトは、嵐や東方神起といったドームクラスの大規模ステージだけでなく、10万人以上を動員するサマーソニックやロック・イン・ジャパン・フェスティバルといった大型の野外フェスも手がけている。東京オリンピック・パラリンピックが近づくなか、日本が誇る設営ノウハウを改めて解説しよう。

【写真】東京ドームのステージに60~100台ものトラックが集結

東京ドーム内に向かう100台のトラックをコントロール

 おそらく東京ドーム開催のコンサートに足を運ぶ際、あの大きなステージがどの程度の時間と労力で構築されているのか、あまり深く考えたことはない人がほとんどだろう。シミズオクトは、東京ドームを舞台にした多くのコンサートで会場設営に携わってきた。同社の常務取締役、能見正明氏に話を聞いた。

【能見】多少なりとも建築に知識がある人が見れば、ドームクラスのステージを建てるには数日かけていると思われています(苦笑)。ですが、野球の試合の終わった翌朝にはもうステージの基礎が組み上がっている。いえ、組み上がっていなければならないわけです。照明などの設備を吊り下げる、ステージの天井に当たるブドウ棚のような部分も組みます。

 試合が終わってまずは、芝の養生をするシートをかぶせ、ベニヤなどでさらに補強して、やっと機材車などが入れるようになります。その時点で、もう午前1時とか2時とか。そこから本格的に設置がスタートする。

 東京ドームで行うコンサートなら、最低でも60台くらい、多いと100台以上のトラックが入ってくる、それをいかに効率的に搬入・搬出してもらうか。無線で、次はこれ、次はこれ、と効率よく動かしていくこともノウハウのひとつです。バンドなのか、アイドルなのか、上演する演目によってもコントロールの仕方は変わってきます。

 人員としては、弊社だけでも60人から100人、アルバイトも入れて150人以上。全体で考えると、お弁当の数では300個くらい用意されていますから、それだけの人数が会場づくりに関わっているということになります。結局、個人のスキルもそうですが、チームでどう効率的かつ有機的に動けるか、ということがポイントになってきます。

台風15号大ダメージのなかで開催した「氣志團万博2019」

 2012年から千葉県袖ケ浦で毎年開催されている『氣志團万博』では、デザイン・設計・製作・施工・映像技術・運営・管理・警備と、シミズオクトが有する能力をフルに開示。初回から特別協賛としても参加しており、同社にとってひとつのショーケース的な側面もある。2019年の公演では、その直前に台風15号の上陸があり、会場およびその周辺地域にも停電・断水など大きな被害が発生したなかでの開催となった。【能見】海浜公園に設営中だったステージも被害を受けましたし、楽屋のプレハブもダメになったり、かなりの被害がありました。また、そもそも開催地域が大きなダメージを受けているときに、そんな音楽イベントを実施していいのか、という議論もあった。ですが、あえて開催することで地元を元気にしたい、という主催の氣志團さん側の強い思いもあり、我々も壊れたものは速やかに補修・交換し、対応しました。地元貢献という意味では、袖ヶ浦市に対して、ブルーシートの寄付等も行っています。野外現場に限らず予備機材も含め、自然環境に対する事前の備えを常に行っています。何もない場所に大勢が集まるイベント会場を設営することはシミズオクトのもっとも得意とする分野でもあります。

野外ステージにおけるライブ会場の安全対策

 大規模な自然災害が予想されていても、コンサートを実施するか否かの判断は主催側に委ねられるケースがほとんど。シミズオクトは基本的に、そのジャッジが出るまでは、着実に作業を進めている必要がある。

【能見】屋外セットでは風速計なども活用して、安全を確保しながら行います。設計段階から、風速何メートルまでならこういう作業ができます、でもこれを超えたらいったん中止させてください、といった情報は会場や主催者さんと共有しています。それでも、瞬間的な突風で計算以上のダメージを受けるといったことは起こり得る。ですから、同業他社も含めて業界全体で安全基準を考え、それを守ることを徹底しようということで、2000年度からJASST(日本舞台技術安全協会)が立ち上がりました。

 それこそヘルメットや安全靴、手袋、ハーネスといった基本装備の徹底や、作業の安全について改めて研修・教育するといった取り組みを行っています。また、独自でできることとして、たとえば機材倉庫の浸水対策を充実させたり、東日本大震災を機に全国の拠点に機材を分散して管理するようにしたり、といった備えも行っています。今年の台風被害の教訓としては、水や食料の備蓄はもとより、停電に対する整備が必要だと考えています。

■秒単位、ミリ単位の演出に対応できる最新機材

 近年では、最新テクノロジーを駆使したステージ演出なども増えている。シミズオクトは、そうした新たなニーズに対しても着実に対応を重ねている。

【能見】新しい機材やテクノロジーなどに対して、どうやったら自分たちのものにできるか、常に研究・研鑽を続けています。海外製品を日本流にうまくアレンジして活用することもそうですし、自社開発の機材もある。

 たとえばベルギーのSTAGECO社のルーフ機材は、導入当初は12時間以上かかって組み上げていたものが、現在では9時間ほどで組めるようになっています。これは、年に一度、全国の拠点からスタッフを集め、実際に組み上げ、解体するトレーニングを行ってきた結果。また、アメリカのCOLUMBUS McKINNON社のCMモーターという照明トラスなどを吊るホイストは、世界の同業他社でも数百台程度の所有というレベルのものを、私たちは約3500台保有しており、自分たちでメンテナンスまでできる体制になっています。

 かつては割と大雑把な油圧式シリンダーだった昇降装置は、電気制御のジップチェーンリフターというものに代わり、秒単位、ミリ単位での演出に対応できるようにもなってきています。アーティストさんサイドからこういう演出で、と要望があれば、機械メーカーさんと一緒になって開発から考えることもあります。

 ステージを組むだけではなく、微調整し、リハーサルでまた調整し、本番を見守り、撤収する。もちろん大変な仕事なのですが、それだけにやりがいも大きい。観客からはよくわからないような部分でも、自分の関わったところがピタッと決まった瞬間などは、本当にたまらないですよ。バックステージの役割に重要性を感じるような人には、とても刺激的。エンターテイメントに携わる楽しさのひとつが確実にありますからね。