「世の中にないけれど、これから生まれてくるかもしれない日本語の辞典」が話題を呼んでいる。文字だけ見ると首を傾げるような言葉でも、「行けたら行く…意味:絶対に果たされない約束」など、意味を知った瞬間に皮肉的だったり自虐的だったりする表現に変化し、共感を覚える不思議な言葉だ。表現が豊富な日本語だからこそできた『妄想国語辞典』。たくさんの共感を得た新しい言葉選びについて、作者であるコピーライターの野澤幸司さんに話を聞いた。

【画像】「なるほどですね」の意味は? 読めばきっと共感できる『妄想国語辞典』フォトギャラリー

■『妄想国語辞典』でやっているのは、大好きな“ラジオ”の投稿のようなもの
――野澤さんの簡単なプロフィールをお願いします。

【野澤氏】茨城県牛久市出身です。青山学院大学法学部卒業後、広告制作会社を経てコピーライターになりました。最近の業務は東京ガス『電気代にうる星やつら』、日野自動車『ヒノノニトン』、niko and…『であうにあう』などです。

――ハガキ職人を経てコピーライターになったという記事を拝見しました。

【野澤氏】はい。中学生くらいからラジオを聴き始め、特にオールナイトニッポンが大好きでした。その番組内で読まれるいわゆる“ネタはがき”のおもしろさに、憧れたり羨んだり、時には自分ならこう書くな、と思ったりするようになり、たまに投稿したりもしてたんです。そのままラジオの放送作家になろうと思ったのですが、放送作家になるための就職活動の仕方もわからなくて、ラジオやテレビ局の試験を受けてみたりもしましたが、あえなく全滅。そんなとき、友人にコピーライターの学校に誘われたので試しに行ってみたところ、「課題に対してアイデアや言葉で返す」という点で同じだと感じ、コピーライターを目指すようになりました。

――話題の『妄想国語辞典』とは、どんな辞書なのか教えていただけますか?

【野澤氏】簡単に言うと「世の中にまだ存在しない日本語を勝手に考えて、勝手に発表する」という企画です。前述のオールナイトニッポンや、かつて少年ジャンプの人気コーナーだった読者投稿枠『ジャンプ放送局』のようなものをつくりたいと思っていて、それを形にしました。いちおう辞典ということで帯のコメントは言語学者の金田一先生に書いていただいたのですが、嬉しさと共に、本の内容的にどこか申し訳ない気持ちでいっぱいです(笑)。

――どの言葉も意味を理解すると、くすっと笑ってしまうような“皮肉的”だったり“自虐的”だったりする表現に変わる不思議な言葉だと思います。どうしてこのような言葉を作ってみようと思ったのでしょうか?

【野澤氏】たくさんの人がそう思っているのに、むしろ反対の言葉が使われていたり、言わずして「察してくれ」というコミニュケーションって、日本では当たり前ですよね。それは、日本語には“行間を読む”という文化があるからだと思います。その行間にある気持ちを想像してみたらとても興味深くて、妄想がどんどん膨らんでいったので妄想国語辞典と名付けました。

――“遊べる本屋”でお馴染みの『ヴィレッジヴァンガード』のフリーペーパーで4年以上続いている長い連載の書籍化のようですが、当初こんなに長く続くと想定していたのでしょうか?

【野澤氏】いえ、すぐ終わると思っていました(笑)。でも、なんのストレスもなくただただ自由に好きなことを連載にさせてもらっているので、だらだら続けられているんだと思います。

■言葉の作り方は本業のコピーライティングと一緒「メッセージを受け取る人たちの驚きや共感を意識」

――一番はじめに出来た言葉は覚えていますか?

【野澤氏】相手に何の関心もないことを表す「なるほどですね」、絶対に果たされない約束「行けたら行きます」、絶対に間違えてはいけない選択「ハギワラかオギワラか」あたりだったと思います。

――実体験もあったりするんですか?

【野澤氏】はい(笑)。職場にハギワラさんという人とオギワラさんという人がいて、呼び間違えたらどうしよう、とワナワナした記憶があって。結果的にはどちらに対しても「ンギワラさん」と呼んで誤魔化しました。

――この書籍にハガキ職人としての活動が活きていたり?

【野澤氏】活きている、というか、ラジオを聴いていたときにやりたかったことをそのまま再現しているだけです。表現上は書籍になっていますが、基本は深夜のラジオ番組をつくる感覚でやっています。言葉の書き方としては、ハガキ職人よりも、コピーライターの発想のほうが役に立っています。コピーは企業や商品をじっと観察し、いろいろな角度から眺め、そこで得た発見を言語化するのですが、そのときに力を発揮するのが「共感」だと思っています。どれだけ商品の魅力を語っても、メッセージを受け取る人たちが驚いたり共感できなければ意味がないので…。

――野澤さん自身が特に気に入っている言葉はありますか?

【野澤氏】先ほども出てきた「行けたら行きます」は、みんな心当たりあるんじゃないかと思って書いたら、やはり反響が大きくて、この本、この企画の基本となる言葉なので気に入っています。あとは、ぜんぜんおもしろくないのですが、あやしい職業の総称という意味の「クリエイティブディレクター」は趣き深いです。自分の名刺にも「クリエイティブディレクター」の文字が印字されていて、「なんだこのうさんくさい肩書は!」と自嘲しているからです。

――出版してから4か月ほどたっていますが、読者からの反応は届いていますか?

【野澤氏】出版社の方には申し訳ないのですが、正直、書籍化のお話をいただいたとき「こんな本あまり売れないだろうなあ」とか思っていました(笑)。でも、発売されるやいなや、テレビ、ラジオ、ネット、雑誌など、いろんなメディアで取り上げてもらい、なぜか重版もかかっちゃうくらいの反響をいただいて、ちょっと驚いています。

――「言葉から意味を当てるクイズをして盛り上がっている」などというレビューも見ましたが、
このような盛り上がりは想定していますか?

【野澤氏】まったく想像していませんでしたが、もともとの着想がラジオ番組のリスナー参加コーナーなので、この設定で自由に遊んでもらえることは、一番嬉しい反応です。


■Yahooとかツイッターをみながら、今、世の中で話題になっていることや言葉を見つける

――皮肉的な表現が多くありながら、ユーザーからたくさんの共感を得ていますが、そのことについてどのように感じていますか?

【野澤氏】自分の性格上、基本は世の中を斜めに見て……という形になってしまうのですが、ただの皮肉だとおもしろくもなんともないですし、不快なものになってしまうので、ちょっとでもいいから言葉に共感があるものにしようと思っています。それでもたぶん共感できないものとか意味不明なものとかが多いと思うんですが、200以上の言葉を収録していますので、どれかしら「ああ、わかる」となってもらえたら嬉しいです。

――どのようにして共感を得る言葉が生まれているのでしょうか?

【野澤氏】ルートは2つあって、まず1つめは、Yahooとかツイッターをみながら、今、世の中で話題になっていることや言葉を見つけ、それに対して“自分が思うこと”✕“世の中も思っていそうなこと”という軸で考えるやり方。もう1つは、仕事で出会う人を観察していたり、移動中に見かけた人や事からインスパイアされた妄想を言葉にする、という大きく2つのやり方でやっています。努力は特に何もしていません。生まれながらに観察癖があるだけだと思います。

――このような書籍を作るにあたって、イメージキャラクターをたてるということは多くないと思うのですが、あえて俳優の濱津隆之さんを起用したのにはどのような狙いがあったのでしょうか?

【野澤氏】言葉の羅列だけだと読み疲れしたり、本として単調になってしまうのではないか、と編集者の方と話す中で、妄想癖のありそうな人の1日をグラビアで見せてみよう、というシュールな結論に至りました。そんなイメージに濱津さんがぴったりハマったんです。オファー時は、『カメラを止めるな!』で日本アカデミー賞の主演男優賞ノミネートが決まっていたのですが、ツイッターのダイレクトメールで相談をしたら快諾してくれました(笑)。

――確かに本のイメージに合っている気がします(笑)。

【野澤氏】実は、濱津さんを僕だと勘違いする人がいるようで…というか、かなりの人がそう思っているようで「なんて出たがりな著者だ!」と思われてしまったようです…。まあそんなツッコミどころが多いのも、この本のおもしろさなのかなと思うようにしています。

――第二弾も考えていたり?

【野澤氏】連載が続いているので、需要があるならもちろん、という感じです。いつか妄想語を投稿してもらって、自分の考えたものと一緒に1冊の本になったら、夢みたいだなあと思います。そうなれるように、妄想し続けたいと思います。

――野澤さんの今後の野望はありますか?

【野澤氏】生涯コピーライターという肩書きで生きていくことだけはもう決めているのですが、言葉を書く、という軸さえブレることがなければ、こういった本だったり、歌の作詞だったり、それこそ放送作家だったりということもチャレンジしたいと思っています。そこでの経験がまた、コピーに活かされていくと思うので。