男性ばかりの陶芸の世界に飛び込む、女性陶芸家の草分け的存在を描いた朝ドラ『スカーレット』。脚本や演出の細やかさなどが好評で、『コンフィデンス』誌によるドラマ満足度調査「オリコンバリュー」の満足度も上昇中だ。しかし、なんといっても主人公で働き者の長女・川原喜美子を演じている戸田恵梨香が良い。特筆すべきは、朝ドラの王道ヒロイン像と大きく異なる、安定感ある低音ボイスである。

【写真】初恋に戸惑うヒロイン・喜美子を好演する戸田恵梨香

■繊細な表現によって細かく使い分けられている“声”

 朝ドラヒロインといえば、明るく健気で、ちょっとドジで、みんなに愛されるというのがお約束。そういったキャラクター性から、朝ドラヒロインには、真っすぐ正面から「私、がんばっています!」感を全力で出す高音ボイスの女優が多い傾向がある。

 しかし、高音ボイスのヒロインは、純粋さや可愛さがある一方で、どこか作っている感じがしたり、あざとさやよそゆき感が感じられたりすることも多い。だからこそ、本来、中高年の女性がメインターゲットでありながら、いわゆる王道・朝ドラヒロインキャラは、女性視聴者たちにあまり好かれないところもある。

 その点、戸田が演じる喜美子は、働き者ながら、周囲に対して「がんばっています!」感を出さない。一生懸命で健気なのに、肩に力が入った様子や空回り感がなく、地に足ついた地道な努力を積み重ねていく様が見えるので、視聴者は応援したくなる。

 そんな視聴者への安心感を支えているものは、喜美子を演じる戸田の豊かな表情に加え、飾らない喋り方や、口を大きく開け、歯茎も見せて大笑いしたり、笑いながら怒ったり、抑えた表情からもじんわりと悲しみをにじませる「低音ボイス」のナチュラルさだろう。しかも、戸田の心地よく響く低音ボイスは、単に良い声というわけではなく、実は繊細な表現によって、かなり細かく使い分けられている。

 というのも、地声が低い役者の場合、心地良い声である一方、声域が狭く、声に表情を出しにくいことから一本調子になりがちで、「棒読み」と酷評されるケースが男女ともに多々あるからだ。

■シチュエーションや相手との距離感では変わっている声のトーンやスピード

 その点、戸田は子役から交代したばかりの頃には、まだあどけなさも残る高めの声だったが、年齢を重ねるにつれ、低音化させている。しかも、声のトーンやスピードは、シチュエーションや相手との距離感でも変わっている。

 例えば、下宿屋・荒木荘で女中修行を始めたばかりの頃。笑顔で明るく接しているにもかかわらず、下宿の住人たちとの会話では、緊張感もあってか、よそゆきで、ややかしこまった感じの少し高めの声だった。しかし、実家からきた電話に出たときだけ、低音でテンポの速い喋りになっていた。

 家族相手に無意識で出たように思える“素”の声のトーンとスピードには、喜美子の荒木荘の人々への心の距離が少し感じられた。だからこそ、改めて視聴者は喜美子がいつも「がんばっている」ことを感じずにいられなかっただろう。親しくなったつもりの知人・友人が、家族や旧友と話すときだけ、意外にぶっきらぼうだったり、いつもよりテンポの良い喋りだったりするのを聞いて、距離を感じて寂しくなった経験はないだろうか。喜美子の大阪生活序盤の声には、それに似たものが感じられた。

 しかし、女中仕事にも慣れ、荒木荘の人々との信頼関係が築かれていくと、いつの間にか、荒木荘の人々に対しても故郷の家族と話すときのような“素”の低音ボイスに変わっていった。その声の変化に、荒木荘が喜美子にとって完全に「ホーム」になったのだということが感じられただけに、父親の借金のせいで信楽に帰らざるを得なくなった展開には、やるせない寂しさや憤りを感じてしまった。

■朝ドラの歴史において魅力的な低音ボイスのヒロインたち

 ところで、全体的には明るい高音ボイスの多い朝ドラヒロインのなかで、ときどき低音ボイスのヒロインが登場することがある。その代表格といえば、物静かななかにとてつもない芯の強さや気丈さを秘めた『おしん』の田中裕子だろう。

 奉公時代は少し高めの可愛い声だったのに、母になり、また、商売人としてのときには、かなり低めでドスのきいた強い声を出している。その声の変化は実に細やかで表情豊かだ。

 また、『カーネーション』の尾野真千子や、『芋たこなんきん』の藤山直美など、過去のBK朝ドラ(大阪制作)の名作には、芝居の巧い低音ボイスのヒロインがときどき登場している。

 過去には「電気紙芝居」と揶揄されることもあった、平板な印象を与える作品も多い朝ドラの歴史において、低音ボイスのヒロインたちはナチュラルかつ表情豊かで、感情の振幅が大きく、実に魅力的なのだ。
(文/田幸和歌子)