視聴率の苦戦ばかりが話題になるNHK大河ドラマ『いだてん ~東京オリムピック噺(ばなし)~』だが、その一方で熱心なファンの間では大いに盛り上がっており、絶賛の記事を目にすることもある。視聴率という「数字」と「評価」が乖離するのは、もともと宮藤官九郎脚本ドラマのひとつの特徴でもある。しかし、『いだてん』はそれがこれまで以上に顕著になっている。気になるのは、「数字」よりも、「評価」の層が小さなパイに狭まっている印象があることだ。それはなぜなのか。

【写真】女子バレーボール選手・河西昌枝役の安藤サクラ

■宮藤官九郎ならではの構成で壮大な伏線が一気に回収された「神回」

 コンフィデンス誌のドラマ満足度調査「ドラマバリュー」では、80PT(100PT満点)を超える回もあり、とくに9月以降の後半に入って、満足度の高い回も目立っている。だが、単純に「後半になって盛り上がってきた」かというと、そうでもないように感じるところもある。なぜなら、これまでもSNSでは「神回」と言われるときは何度もあり、そのつど熱い盛り上がりを見せてきたからだ。では、「神回」と絶賛された回をいくつか振り返ってみよう。

 例えば、金栗四三(中村勘九郎)の解雇に抗議した女学生たちの立て篭もりから始まった第23回。富江(黒島結菜)は父(板尾創路)と駆けっこ対決で圧勝し、女子体育教育を認めさせる。しかし、そんなおり、関東大震災が起こり、ラストでは志ん生(ビートたけし)の弟子・五りん(神木隆之介)の正体が1枚の写真から明かされるという怒涛の展開が見られた。

 その熱も冷めやらぬうち、さらに上回る盛り上がりを見せた「神回」は、日本人女子初メダリスト・人見絹枝の第26回。菅原小春演じる人見絹枝の鬼気迫る演技に視聴者は圧倒された。さらに、ベルリン五輪での水泳女子、前畑秀子(上白石萌歌)の金メダルシーンのクライマックスが描かれた第36回。日本中がラジオにかじりついて前畑を応援した高揚感にワクワクし、同時にナチスの宣伝にオリンピックが使われていた不気味さが描かれる巧みな構成に、ゾクッとさせられた視聴者は多かった。

 そして、最大の盛り上がりを見せたのが、第37回。宮藤官九郎自身がもっとも描きたかった回だと週刊文春の連載で打ち明けている回だ。病床の志ん生は、弟子たちに、終戦直前に満州で兵士たちへの慰問興行を行った話をする。若き日の志ん生(森山未來)の前に、金栗四三の弟子・小松勝(仲野太賀)が現れ、志ん生の落語『富久』の走るシーンにダメ出しをする。志ん生は腹を立てるが、最後の高座として絶望感漂うなか、臨場感ある『富久』を披露し、観客を爆笑させる。

 これを聴いて興奮した小松は、絵ハガキをポストに投函。街へ走り出すが、その途端にソ連軍の一斉射撃を受けて命を落とす。そのとき小松が投函した絵ハガキは妻と子へのもので、それこそが『いだてん』冒頭で志ん生に弟子入りする五りんが持って現れた絵ハガキだったことが、ここに来て判明する。そして、絵ハガキに添えられた「志ん生の“富久”は絶品」という言葉の謎も解けるのだ。

 ここまであまり見えてこなかった志ん生とのつながりが判明し、壮大な伏線の数々が一気に回収されるという宮藤官九郎ならではの構成は、見事なものだった。しかも、皮肉なことにこの回は裏番組『ラグビーW杯日本×スコットランド』の影響で、大河ドラマワーストを更新する3.9%を記録している。

■いつも以上に複雑になった時間軸が行き来する構成

「神回」には大きく分けて2種あるように思う。ひとつは「選手など、特定の人物がフィーチャーされてじっくりと掘り下げられる回」。もうひとつは「伏線が気持ち良く回収される回」だ。

 宮藤官九郎ドラマのコアなファンは「毎回が神回」という。その一方で、「低視聴率」という評判から観る気がしない人、早々に脱落してしまった人もいる。両者の温度差は大きい。だが、実はそこまでの高くも低くもなく、大河ドラマを普通の温度で観る一般層には、「おもしろい回はすごくおもしろい。でも、毎回おもしろいわけじゃない」と感じている人が多いのではないか。

 実際、ドラマバリューポイントが上昇傾向を見せた後半においても、やはり観づらいと感じた回はある。時間軸が行き来する構成は、宮藤官九郎ドラマのお得意のパターン。しかし、『いだてん』の場合は舞台となる時間軸がこれまでのドラマに比べてだいぶ長いこと、登場人物の出入りが激しいこと、ビートたけしと森山未來のように同じ人物を時期によって別の人物が演じていることなどから、いつも以上に複雑だ。

 コアなファンにはその難解さも魅力なのだろうが、普通の温度で観ていると「あれ? で、今はいつだっけ?」と混乱することがある。さらに複雑なのは、時代という縦軸に加えて、今回の場合、「オリンピック」と「志ん生」という横軸までも分断され、なかなか結びついてこなかったこと。

 複雑な構成の小説を読むときなども同様だが、なかなか結びついてこない「わからなさ」は、苛立ちや退屈感につながる場合もある。そこで次々に脱落していく。そんななか、それを辛抱して読み進めた、観続けた人だけが得られる「伏線の回収」というボーナスがあるわけだが、このボーナスのために観続けられる人が、複雑すぎる『いだてん』の場合は、これまでの視聴者より少なかったのではないだろうか。

 しかし、ボーナスは得られなくとも、「特定の人物をフィーチャーして、じっくり掘り下げる回」のほうは、大多数の視聴者が楽しめるはず。それなのに観ている人が少ないのは、非常にもったいない気がしてならない。特定の人物を掘り下げる回を2時間のスペシャルドラマとして放送していれば、もっともっと多くの人が夢中になったのではないか。いっそ『いだてん傑作選』として、登場人物しばりで神回を数本セレクトして放送してはどうだろうか。

 さらに、個人的に邪魔に思えるのは、しばしば挟み込まれる実際の映像だ。もちろん実際の選手たちのオリンピックでの映像には興奮し、ワクワクする。しかし、いろいろな人の資料映像がたびたび挟み込まれると、現実に引き戻された感じがして、物語に入り込みにくい。ただでさえ、会議のシーンばかりが続く回は観づらいのに、そこに細切れの資料映像が出てくると、いやに冷静な気持ちになってしまう。

 実際にはどんな顔、雰囲気の人だったのか。そうした興味を持つ人であれば、今は能動的に自分でネットで調べるだろう。せめて番組ラストにちょこっとつけるので良かったのではないか。

「神回」かたくさんあるからこそ、「わかる人にだけわかれば良い」「コアなファンだけ楽しめば良い」作品で終わるのはもったいないと思えてならない。
(文/田幸和歌子)