欧米を中心に世界中で起こっている日本のシティ・ポップブーム。このムーブメントを巻き起こしたのが、韓国のプロデューサー/DJのNight Tempo(ナイトテンポ)という人物。彼の熱気は日本にも逆輸入され、今年のフジロックのレッドマーキーをダンスフロアに変えた。日本の80年代カルチャーへの愛の本気度を語ってもらった。

【写真】80年代テイスト満載のジャケに仕上がった新作アルバム

■フューチャー・ファンクはもう古い “昭和グルーヴ” で音楽を追求

──今年のフジロックのステージ、大いに盛り上がりましたね。日本のオーディエンスはいかがでしたか。
【Night Tempo】みんな音楽が好きだというのが伝わってきました。韓国にも音楽好きはいっぱいいますけど、ファッション的にクラブに来る人も増えていて、そういうパーティだとDJ で盛り上げるのがけっこう難しいんです。インフルエンサーとかトレンドセッター的な人が注目するとジャンルも盛り上がるので、いい側面もあるんですけど(苦笑)。

──ちなみにフジロックではほかのアーティストは観ましたか?
【Night Tempo】バタバタでほとんど観られませんでした。特に前々日に出た杉山清貴さんはめちゃくちゃ観たかったんですけど…。

──Night Tempoさんは、日本の昭和歌謡を現代のサウンドに“翻訳”した「フューチャー・ファンク」というジャンルで、欧米を中心に世界中に和モノ・シティ・ポップブームを巻き起こしています。
【Night Tempo】そこなんですけど、自分的に最近はもうフューチャー・ファンクとしては活動していないつもりで、そこから分離した“昭和グルーヴ”という括りで自分の音楽を追求していきたいと考えています。初期からフューチャー・ファンクを聴いたり演奏したりしていた人のなかでは、このジャンルは「もう終わった」と言われているんですね。──2010年代に生まれたジャンルとしては消費されるのが早すぎる気もします。
【Night Tempo】ネットの世界の流行り廃りはめちゃくちゃ早いです。フューチャー・ファンクにしても、その源流となったヴェイパー・ウェイヴにしても。どっちもネットのコミュニティから誕生した音楽ジャンルですが、ネット系のミュージシャンってオフラインの活動をほとんどしないんですね。で、その音に飽きたらまた別のことを始めたりする。だから消費されるのも早かったんだと思うんです。中心人物的な人がブレずに、かつリアルの世界に向けて発信し続けていたら、ジャンルとして確立していたと思うんですけど。

──まさにNight Tempoさんが今、試みているのはリアルの世界への発信なんですね。今年は2月にサンフランシスコ、6月にロサンゼルス、7月にニューヨークで昭和歌謡オンリーのDJをプレイしました。
【Night Tempo】はい。欧米のシティ・ポップブームという下地もあって、どこも超満員でした。特にシティ・ポップの2大アンセムである竹内まりやさんの「プラスティック・ラブ」(’84年)と杏里さんの「Remember Summer Days」(’83年)を演ったときはすごい盛り上がりました。

──「プラスティック・ラブ」はアルバム収録曲、「Remember Summer Days」はシングルB面と、当時はマスヒットに向けたリリース形態ではありませんでした。なぜこの2曲がシティ・ポップの2大アンセムとなったのでしょうか?
【Night Tempo】純粋にいい曲ということもあるけれど、たぶん欧米人の好みにフィットしたんだと思います。グルーヴィで踊れて、あと歌に余白が多い曲が好きみたいですね。歌詞が詰め込まれすぎてないというか。

──欧米の方は歌詞が何を歌っているのかわからない、あるいは気にしないかもしれない?
【Night Tempo】はい。歌もサウンドの一要素として聴いているんだと思います。でも歌詞がわからなくても好きだと言う人が多いということは、楽曲の本質的な素晴らしさが評価されているんでしょう。僕は一応日本語がわかりますが、リミックスする際にはあまり歌詞に引っ張られないようにしています。日本人の和モノDJの方のなかには歌詞を意識したリミックスをする方もいますが、僕としてはやはり外国人の視点というか、あくまで耳と体で感じた心地よさを追求するのが自分のスタイルだと思っています。

──欧米と日本とではDJのプレイリストも変わりますか?
【Night Tempo】オール昭和歌謡という点では同じですが、フロア受けは多少意識します。ただ欧米ではニューミュージック系をかければ間違いないんですが、僕はあえてアイドル歌謡もかけるようにしているんです。昭和のアイドル歌謡には隠れた名曲が多くて、クレジットを見るとシティ・ポップのそうそうたるミュージシャンが作っていたりするんですよね。ただ、それをそのまま当時の音で流しても理解してもらえないので、今の若い人の好みに合うようにリエディットして。で、けっこう反応が良かったんです。欧米でも耳の早い人はシティ・ポップだけじゃなくてアイドル歌謡にも注目し始めているみたいで、僕としてはすごくうれしいです。当時は売れなかった、名前も忘れられてしまっているような歌手でもいい曲っていっぱいあるんですよ。

■日本語を勉強して小さなレコード店で気持ちを伝える

──既存曲を元ネタにしたリミックス作品は著作権的にグレーな側面もありますが、そんななかでも「Night Tempoさんのリミックスには愛がある」と日本の音楽出版社から公式リエディットをオファーされた経緯があります。リミックスする際のポリシーは何ですか。
【Night Tempo】124BPMをベースに踊れる感じに作っていますが、大事なのは原曲をあまりいじりすぎないこと。音を足すにしてもやりすぎにならないように注意しています。あと可能な限りアナログのメディアから音源を取り込みます。音源として最も理想的なのはカセットテープ。それがなかったらレコード。で、最終手段はデジタル音源ですが、昭和歌謡ってデジタル音源化されていないものが多いんですよね。だから結局はテープやレコードで音を取り込むしかないんですけど。

──カセットテープは劣化しませんか?
【Night Tempo】きちんとメンテされたプレイヤーであれば、テープを傷めることはないんです。テープをかけるときは回転速度とかを全部チェックして、まずいなと思ったときは自分で修理をします。新品では手に入らないものですから、大切に扱っています。

──来日のたびに全国のリサイクルショップや中古レコード店を回ると伺いました。
【Night Tempo】日本語もそのために勉強したんです。2年半前に初めて来たときは英語と下手な日本語で話していましたが、地方のおじいちゃんがやっているような小さなレコード店とかだと、丁寧な日本語じゃないと気持ちが伝わらないので。

──ミュージックテープは当時でもレコードと比べて流通が少なかったから、探すのは大変でしょう。
【Night Tempo】リアルタイムで持っていた方も、けっこう捨てちゃったとかって言いますよね。だからこそ自分が発掘してキープしておかなければと思うんです。じゃないとこの世から消えてしまう文化ですから。すでに持っているミュージックテープでもけっこう買っちゃいますね、保存用として。

──音質もあるのでしょうが、なぜそこまでカセットテープにこだわるんですか?
【Night Tempo】僕は日本の80年代カルチャーが大好きで、ソニーのウォークマンとかカシオの腕時計とかも熱心に集めています。音楽はあくまでその一部であって、これからやろうとしているのは80年代カルチャーを自分のフィルターを通して発信することなんです。最近は昭和カルチャーを扱った展示が増えていて、リアルタイムの人には懐かしいし、若い人の間でも80年代カルチャーが流行っているからウケはいいけど、あまり編集がされていないものも多い気がするんですね。そういうものばかりになると、それこそ消費されてブームが終わってしまうんじゃないかと。僕はそれが心配なんです。

──80年代カルチャーに惹かれる理由として、Twitterに投稿されていた「シティ・ポップは裕福な時代の幸せがそのまま伝えて来る。世界的に余裕がない今は、技術があってもその時の感情を再現する事は不可能に近い。」という言葉が印象的でした。
【Night Tempo】このツイに僕の思い入れのすべてが集約されています。僕は86年生まれで、ちょうど思春期の頃に少し遅れて日本の80年代カルチャーが韓国に入ってきたんですね。だから僕にとってこの時代はリアルタイムなんです。もちろん「自分なりのフィルターを通す」と言っても知識がないとダメだと思うので、音楽は10年以上前から追いかけてきたけれど、今後はさらに勉強と考察、解釈を深めていかなければと考えているところです。今はそこにすべてを懸けているし、目的がはっきりしているので音楽にしても仕事的なオファーは受けていないんです。もともと音楽も趣味で始めたことでしたし。仕事的になるくらいだったら(前職の)プログラマーに戻ったほうがいいとも思っています。
文/児玉澄子