NHKで放送中の大河ドラマ『いだてん~東京オリムピック噺(ばなし)~』(毎週日曜 後8:00 総合ほか)は、第35回(15日放送)で1940年のオリンピック開催都市が「東京」に決定したところから、実際に東京でオリンピックが行われた1964年までを描く、クライマックスに突入している。

【写真】『いだてん』第37回(9月29日放送)場面写真

 本作では、日本で初めてオリンピックに参加した男・金栗四三(中村勘九郎)、日本にオリンピックを招致した男・田畑政治(阿部サダヲ)を主役に、オリンピック初参加からの歴史を描いているが、アジアで最初のIOC委員となり、第5回ストックホルム大会へ、日本の初参加を決め、選手団長を務めた嘉納治五郎(役所広司)の“大河ドラマ”と言うこともできる。

 嘉納治五郎は、1860年(桜田門外の変が起きた年)、現在の神戸市東灘区御影の酒造の名家に生まれ、東京帝国大学で学びながら柔術を学ぶ。1880年、柔術を発展させ、「柔道」と名付けると、82年に講道館を設立。世界に柔道を広める努力を続ける。その評判が、フランスのクーベルタン男爵(近代オリンピックの基礎を築いた創立者)の元にも届き、IOC委員に誘われたのだ。

 『いだてん』の嘉納治五郎先生について、スポーツ史考証を担当する真田久氏(筑波大学教授)は、「これまでは柔道の嘉納治五郎というと、神様のように奉られてきましたが、『いだてん』の嘉納治五郎は、喜怒哀楽がはっきりし、それでいて理想を見失わないキャラクター、つまり人間味のある人物として描かれていると思います。教育者やIOC委員としての治五郎の資料と照らし合わせると、実像に近いと思います」と、太鼓判を押す。

 真田氏は、嘉納治五郎研究の第一人者。治五郎が日本のスポーツ、特にオリンピックに果たした功績については次のように語る。

 「日本のスポーツにとっては、オリンピックを通して国際舞台への道を開いたこと。オリンピックを契機に、陸上、水泳、テニス、サッカーなどさまざまなスポーツが世界につながっていきました。

 オリンピックに果たした功績としては、日本でのオリンピックの開催の意義を世界に認めさせたことでしょう。アジアでの初開催だけではなく、オリンピックを世界の文化にするために日本開催が必要だということを 世界の人々が認めたということです」。

 日本・アジアでのオリンピック開催を強く希望し、東京招致に向けて奮闘した治五郎。「オリンピックの理念にはスポーツによる平和な社会の建設という理想があるので、日本での開催により、治五郎の提唱する『精力善用・自他共栄』(スポーツや教育で得た自身の力を目的に応じて効率よく活用し、特に他者のために尽くすことで、自分と他者がともに繁栄すること)の考えを広め、平和な社会を実現しようと考えていた」と、真田氏は話している。

 あす29日放送の第37回「最後の晩餐(さん)」は、嘉納治五郎たちは、1940年東京大会の準備を進めるが、日中戦争が始まった日本では五輪反対論が沸き起こる。理想のオリンピックとは程遠い状況に激しく葛藤する田畑を金栗が訪ねる。五輪へのあふれる思いを語り合う2人。嘉納はエジプトでのIOC総会に参加し、日本開催を危ぶむ声を封じ込める。帰国の船で乗り合わせた外交官・平沢和重(星野源)に、自らの夢を語るが…。