ロックバンド・クリープハイプの尾崎世界観(Vo、Gt)が、7月末にエッセイ『泣きたくなるほど嬉しい日々に』(KADOKAWA)を上梓した。幼いころから本に親しみ、本好きを公言する尾崎が、なぜ本を出版するに至ったのか。その理由と最新作に込めた思いを語ってくれた。

【写真】尾崎世界観『泣きたくなるほど嬉しい日々に』書影

読書によって得たものは大きい

 表現者として、歌詞や小説、エッセイを書き続けている尾崎は今、読書によって得たものは大きいと感じている。

「映画にしても舞台やライブにしても、まず表現している人がいて、自分はそれを受けているだけという印象があるんです。でも本は、自分から進んでその表現を受け取っていくもの。読者である自分のほうが主導権を持って読んだという、もう少し攻めた感覚なので、実感として強く残ります。細かいストーリーや文章を記憶しているわけではありませんが、そうやって蓄積されたものが今もたくさんある気がします。
 それと、本は読む側の思う通りになるところがある。登場人物の顔や、文章だけではよくわからないところは自分で勝手に想像して決めていける。考えられる余白があることが面白くて。その面白さは今、自分が書くときにもすごく生きています。特に歌詞は、曲の長さなどの制約があり、全部は説明できないので、余白を作らざるを得ないんです。でも隙間が出来るからこそ、聴く人に勝手に解釈してもらえる面白さがある。そこに早く気がつけたのは、本を読んでいたからだと思います」

文章を書いていなかったら音楽活動も辞めていたと思う

 そんな尾崎が音楽活動の一方で、本格的に文筆活動を始めたのは、2015年。きっかけは、音楽活動からの「逃げ」だったという。

「歌がうまく歌えない時期がありました。職業病で、スポーツではイップスなんて言われますけど。まったくうまくいかない、でもライブは決まっているし、ここで活動を休止して体制を立て直す余裕はないと思ったんです。結果、ステージに立ち続けることを選んだのですが、このままでは精神的にも肉体的にも持たないと思っていたところに、出版社の方が本を書いてみないかと言ってくださって。その時は音楽と向き合うことがつらかったので、逃げ道として文章を書き始めました。当時は本当にきつくて、文章を書いていなかったら音楽活動も辞めていたと思います。
 ただ、書き始めてみると文章は文章で本当に難しい。今まで歌詞で何を書いてきたんだろうと考えるくらい、なかなか形にならない。その時はなんとか小説を書き上げることができたのですが、悔しさも残りました。でも、音楽から逃げながらもそこにちゃんと向き合えたというか、これだけ難しいことに取り組んだのだから、あとは何をやっても大丈夫だと思えたんです。
 それに、小説を書いたことで、今までとは違った見方をしてもらえるようにもなりました」

文章もリズム 気持ちいいものを目指す

 尾崎の書く歌詞、文章から感じられるのは、日常の何げない風景を拾い上げ、それを読者にエピソードとして読めるものにするということ。どんな小さな出来事もとらえられる豊かな感受性は、幼いころから養われた感性と共に、尾崎のクリエイティブを支える大きな武器といえるだろう。最新のエッセイからも、これらを感じ取ることができる。

「昔からそうですね。変な子どもだったんです(笑)。『何げない日常』とよく言うけど、『全然何げなくないのに』と思います。誰もが共感できるわかりやすい気持ちや表現をすくい上げるよりも、日常の中に余って捨てられているようなものを拾っていったほうが、自分という人間には合っている。この本のカバーの写真も、そのへんの道端に捨てられていたフライパンか何かを撮ったのですが、普段から人があまり気づかないようなところに目を向ける癖がありますね」

 また、独特のセンスでセレクトされる言葉や、その先が気になり読みたくなる構成も尾崎ならではのものといえるだろう。

「音楽をやっているからなのか、書きながらずっとリズムが鳴っている感覚があります。ずっとリズムが鳴っていて、その時に出てきた言葉がはまればそこに乗せていくし、はまらなければその言葉は逃してまたいつかはまるタイミングを見つけるようなイメージです。文章を書くときは、自分で読み返しても、リズムの気持ちのいいものを目指しています。
 そういう文章を書きたいと思ったのは、町田康さんの影響が大きいと思います。10代のころに作品を読んで、『ここに自分よりもダメな人がいる』と思ったし(笑)、同時に、『お前は大丈夫だよ』と言ってもらえているような気がしたんです。だから今回の自分の本も、『自分の感覚が間違っているのかと迷ってる人』に読んでほしいです。本屋でベストセラー作家の作品を見て舌打ちするようなひねくれた人に読んでもらいたいですね(笑)」

全力で、本気で、偽物の本物を目指す

 「逃げ道」で入った本の世界だが、最新作を上梓した今、その捉え方はどう変わったのだろうか。

「音楽で逃げるのは悔しいけど、本はダメでもともとだから悔しくないと思って始めたんです。でも、実際に書いてみたら、本に関しても悔しくなりました。音楽では、なんでこんなに描き切っていないのに伝わってしまうんだろうという思いがある一方で、小説やエッセイでは、なんでこんなにしっかり描いているのに伝わらないんだろうという悔しさがあって。結局どっちにも答えがない。でも、その真ん中にいられるのは幸せなことだと思います。これからももっと文章を書いて、音楽以外のところにも届いて、結果それが音楽に返ってくるというのが理想ですね。
 ただ、ミュージシャンという肩書がないと文章には向き合えないです。自分は偽物だという認識で書いているので。本物を目指すのは本当に怖いし難しいことだからこそ、偽物なんだけど全力で、本気で。偽物の本物を目指すという気持ちです」