お笑いコンビ・くりぃむしちゅーの有田哲平の熱い“プロレス愛”がほとばしるAmazon Prime Videoのプロレストークバラエティー『有田と週刊プロレスと』ファイナルシーズン(※毎週水曜更新)。14日に配信される第6回には、ハライチの澤部佑をゲストに迎えて、長州力が立ち上げるも、わずか1年余りで幕を閉じた悲運のプロレス団体『WJ(ダブリュー・ジェー)』(正式名称:『ファイティング・オブ・ワールド・ジャパン』)の旗揚げと崩壊を語る。

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 番組では、有田が雑誌『週刊プロレス』を教科書代わりにして、毎回多彩なゲストを迎え、豊富な知識とトーク力で語りまくって、プロレスから学ぶべき人生の教訓を伝授。プロレス史に残る衝撃事件や、語り継がれる伝説の試合をドラマチックに語り切る、有田の卓越した話術、約40年間のプロレスファン歴に裏打ちされた圧倒的な知識量、何も知らない相手に興味を抱かせ、最終的にはある種の感動を覚えさせるほどの構成力が光る内容となっている。

 学生時代、プロレスよりも『PRIDE』、『K-1』といった格闘技を観ていたという、有プロ初参戦の澤部を前に有田が思わず頭を抱えながらWJについて語り始める。1990年代、業界の盟主・新日本プロレスの現場監督として辣腕を振るっていた長州はリング内外で大活躍。そのため、新日は黄金期を迎えていたが、2000年代に入るや『PRIDE』や『K-1』などの格闘技人気に押され始めていた。その打開策として創始者であるアントニオ猪木の号令の元、新日本プロレスも総合格闘技路線に傾倒していく。

 その余波から、01年には中心選手だった橋本真也が離脱し、新団体『ZERO-ONE』を旗揚げ。翌02年初頭には同じく「闘魂三銃士」の一角、武藤敬司もライバル団体『全日本プロレス』へ移籍。選手、フロントの大量離脱で屋台骨が揺らぎ、遂に長州も新日本プロレスを退団。その後「プロレス界のど真ん中を行く」と掲げて『WJ』を設立するものの、旗揚げ前からトラブルが続出する。豊富な資金もあっという間に底をつき、起死回生の策として考えたのはまさかの総合格闘技という展開に、有田も「今日ここで聞いた話は忘れてください」と呼びかける。

 澤部は収録を終えて「めちゃくちゃ濃密な時間でした。当時、総合格闘技とかは見たりしていたんですが、そのブームの裏でプロレス界があんなに色々凄い動きをみせていたとは…。有田さんに『今回は記憶から消していい』と言われた禁断の内容……衝撃的でした」とコメント。「(プロレスへの興味が)かなり高まりました。団体の動きも学べたし、個々の選手の素晴らしさも学べたので良かったです。それを淀みなく強烈な熱量で語りあげる有田哲平、おそるべしです」と絶賛していた。