一昨年の高校野球で歴代最多となる通算111本塁打を放った清宮幸太郎(日本ハム)。その清宮と同級生で、中学時代に“全打者奪三振による完全試合達成”という偉業を成し遂げた天才ピッチャーがいた。12歳で最速132キロを記録し、“清宮世代”のスーパー中学生として注目を集めた彼に取材を敢行。11日放送のTBS系ドキュメントバラエティー『消えた天才』(後6:30~8:54)で、天才だったが故の壮絶な苦悩を告白する。

【写真】日本ハムに進んだ清宮幸太郎選手

 その天才の当時の投球を見た元プロ野球選手の桑田真澄氏は、自身の中学時代と比べ「こんなスゴい球は投げられなかった」「ダイヤモンドの原石」と絶賛。さらに、少年野球の監督経験をもつ野村克也氏も「天才でしょう」とその才能を称えた。当時、「怪物右腕」と称され、スター街道を行く清宮と同じ道を歩むはずだった。

 しかし、彼は甲子園に出ることもプロの道へ進むこともなく、それどころか、中学2年の頃から試合の出場記録もない。野球の表舞台からすっかり姿を消してしまう。天才を指導した当時の監督は「彼の中ではおそらく相当つらかったと思う」と当時を振り返る。

 「怖くて逃げた…」番組のインタビューに応じた天才は、誰もが絶賛するほどの才能があったにも関わらず中学で野球から離れた衝撃の理由を語るとともに、意外な形で復活を果たした全容を告白する。