今年の「ROCK IN JAPAN FESTIVAL 2019 」は開催20回を記念した初の5日間開催で、過去最多の動員が予想される。ロッキング・オン・ジャパンが国内最大規模の野外フェスを作ってこられたその背景と精神を、同社代表の渋谷陽一氏に語ってもらった。

【写真】2018年の熱い「ROCK IN JAPAN FESTIVAL」会場と観客たち

■アマチュアが作るフェス 最初のこだわりは「トイレの数」

――「ROCK IN JAPAN FESTIVAL」と言えば、毎年好天に恵まれるフェスとしても参加者に知られています。20周年の今年も熱く盛り上がるフェスが期待できそうですね。
【渋谷陽一】いつだったか覚えてないんですが、ストレイテナーのホリエくんがマジメな顔をして僕のところに来て、「渋谷さんは悪魔に魂を売って天気を取ったとアーティスト仲間が言ってるんですが、本当ですか?」と聞いてきたんです。何を言ってるんだと思いましたが(笑)、そんなことを言われるくらい天候には恵まれてきました。リアルな話をすると、(会場の)国営ひたち海浜公園のエリアは海風が雨雲を押し戻すらしく、(最寄りの)勝田駅あたりがそれこそ床上浸水するくらいの豪雨でも、そこからバスで15~20分行ったあそこだけはなぜか晴れると、そんな地の利があるようなんですね。

──そうした環境も、20年前の会場選びの決め手になったのですか?
【渋谷陽一】いや、たまたまですよ。天候については公園を作った方たちは知っていたのかもしれませんが。ただ参加者の快適性を追求することもこのフェスを立ち上げたときからのテーマだったので、恵まれた会場に出会えたことは非常に幸運でした。

──渋谷さんが72年に同人誌『rockin’on』を創刊された際に標榜したのが「聴き手が主役」でした。「ROCK IN JAPAN FESTIVAL」には、その精神がどのような形で具現化されているのでしょうか。
【渋谷陽一】20年前の僕らは、イベントを作ることにおいてはまったくのアマチュアでした。最初に『rockin’on』を作ったときも雑誌作りの素人でしたが、知識がない分はプロに手伝ってもらえばいい。だけど大前提とするのは聴き手としての僕らの思いである、ということで素晴らしい仲間や協力者に恵まれながら数十年やってこられました。そういう意味で、聴き手としてはたくさんのコンサートやイベントに行っている、つまりお客さんのプロである僕らがこのフェスを立ち上げたときに、最初にこだわったのが「トイレをたくさん用意する」ということだったんです。

──今でこそ多くのフェスで改善されるようになりましたが、当時はトイレの行列問題はフェス参加者にとって大きなストレスでした。
【渋谷陽一】興行のプロからすると「動員数に対するトイレの適正数」があるそうで、その約4倍を用意したいと主張する僕らに戸惑いもあったようです。だけど、トイレに並ばないことでライブに集中できるのは、僕にはとても重要なことだと思えた。最初の頃は「トイレフェス」なんて揶揄もされましたが、今では「ROCK IN JAPAN FESTIVAL」はトイレに並ばないという認識が参加者の間に定着しています。そうした素人ならではの原始的な発想が、実はこのフェスにはたくさん詰まっていて、それが結果的に、毎年のように動員数を増やしてきた要因だと思っています。

■マナー違反も解消、フェスの過ごし方が成熟していった20年

──「ROCK IN JAPAN FESTIVAL」の歩みは、日本におけるフェス文化の定着の歴史と重なりますが、この20年で参加者の楽しみ方や振る舞いにどんな変化がありましたか?
【渋谷陽一】今でこそ、フェスとは複数のステージのあちこちでパフォーマンスが行われているものだという認識が定着しましたが、当初はアーティストの裏かぶりに怒る参加者もけっこういました。「このアーティストとこのアーティストが観られるからチケットを買ったのに、このタイムテーブルでは無理じゃないか」と。だけど、怒ったってどうしようもないじゃないですか(笑)。ということを学習してきて、だんだんフェスそのものを楽しむ参加者がかなりのシェアを占めるようになってきました。すると一時期、ラジカルな問題として議論となった“最前列の出待ち”も自然と解決されていったんです。

──目当てのアーティストの出演前から最前列に鎮座し、その間、演奏中のアーティストを観ない。そうした一部観客のマナー違反とも言える行為が“フェス地蔵”と揶揄され、問題となった時代もありました。
【渋谷陽一】今では「ROCK IN JAPAN FESTIVAL」はアーティストのステージ割が発表される前にかなりのチケットが売れてしまいます。すると「何がなんでもこのアーティストを観るんだ」という参加者が、絶対数として減ってきます。誰が出ようがこのフェスに行けば楽しいんだという認識になれば、最前列でへばりついているより、その時間はほかのアーティストを観よう。いろんな発見があったほうが楽しい。そんなふうに参加者のフェスの過ごし方も成熟していったんだと思います。

──27万人超を動員しながら大きなトラブルもなく、マナーもいい。運営の秘訣はどこにあるのでしょうか?
【渋谷陽一】僕らは基本的に性善説で考えています。出待ち問題にしても個々のアーティストに全面的に依存せず、なんとかフェスそのものとして動員できるだけの体力を付ける努力をしていけば、いわゆる地蔵の絶対数は減らせる。すると、みんな快適に観ることができるから、また来年も行きたいと思ってもらえるようになります。導線についても同じことが言えます。どんなに「通路から溢れないように」とアナウンスしたって、移動したい人のキャパを超えれば溢れますよね。だったら通路を広げればいい。さっきのトイレ問題もそうだけど、快適な環境さえ作れば人はマナーを守るものなんです。

──そんな参加者のマナーの良さも、20年間同じ会場で続けてこられた要因なのではないでしょうか。
【渋谷陽一】このフェスの参加者は本当にマナーがいいですよ。それこそゴミなんかも率先して拾ってくれますしね。だからひたちなか市のみなさんも非常に歓迎してくれますし、そういう意味で、地域連携も含めて参加者が作ってきてくれたフェスだなと思います。地域との関係性は年を追うごとに太く厚くなっています。何年か前のことですが、トイレを流す水のストックが足りなくなったことがあったんです。そうなったらトイレを止めなきゃいけない。大変だということで市の方に相談したら、なんと消防車を出動させてくれたんです。川から吸い上げた水をふんだんに搭載した消防車が会場に入ってきたときは、天使がやってきたと思いました(笑)。

■ステージに立つアーティストは観客が決める

──ところで、渋谷さんは常々、「フェスはメディアだ」とおっしゃっていますが、「ROCK IN JAPAN FESTIVAL」がメディアとして果たした役割をどうお考えですか?
【渋谷陽一】雑多なようで、実は厳選した情報を限られたページの中で掲載できるのが雑誌の長所で、それはフェスの組み立て方と非常に共通しています。そして聴き手(=読者、参加者)はそこで思いがけない音楽体験をするわけですね。それまでチェックしていなかったけれど、こんな面白いパフォーマンスをするアーティストがいるんだと。またそういう体験をたくさんしてもらうためにもタイムテーブルの組み方、雑誌で言えば台割などもすごく考えるわけです。

──アーティストも「憧れのあの雑誌の表紙に載りたい」と目標ができる。メディアにはアーティストの成長を促す役割もあると思います。
【渋谷陽一】「ROCK IN JAPAN FESTIVAL」で言えば、「いつかGRASS STAGEのステージに立つことがモチベーションだ」と公言してくれるアーティストも増えました。一昨年、GRASS STAGEのトリを務めたB’zの稲葉さんが、一面の大地に集まった7万人を眺めて「こんな景色が見られるのか!」と感嘆の声を漏らしたんですよ。東京ドームを埋められるアーティストでさえ見られない光景がGRASS STAGEにはあるんです。ただ、そこに立つアーティストを決めるのは僕らじゃない。「このアーティストはGRASS STAGEにふさわしい」と参加者のみんなが認めれば、自然なメカニズムとしてそうなるわけで。やはりどこまで行っても、「ROCK IN JAPAN FESTIVAL」は聴き手が作るフェスなんです。

──とはいえ、渋谷さんの求心力がこのフェスをここまで大きくしてきた面は否めません。
【渋谷陽一】いや、僕はあるときから「もはやこのフェスは俺のものじゃないな」と思うようになりましたね。どう考えてもこれは参加者のものだと、そんなサンクチュアリな雰囲気が会場に漂っていて、そのとき初めて、アーティストにとってのヒット曲とはどんなものかがわかった気がしました。サザンの桑田くんがライブである曲をやったときに、最前列のお客さんが泣いていたと。それを見て「お前は俺よりこの曲が好きなんだな」と思ったという。ようは歌っているのは自分だけど、もはやこの曲は彼のものになったという感覚があったと言うんですね。それにすごく近い感覚で、初期の頃は自分がこのフェスをなんとかしなければと一生懸命動いていました。だけど、今の自分を動かしているのはお客さんのオーラ。僕が変な方向に行きそうになると、お客さんが「そっちじゃないでしょ」と軌道修正してくれますから。このフェスがそこまで来られたことを本当に幸福に思います。

──渋谷さんの次なる“ヒット曲”にも期待したいところです。
【渋谷陽一】ヒットするかわからないけど、“新曲”は出していかなきゃいけないですからね。それと「ROCK IN JAPAN FESTIVAL」は比較的早かったけれど、ヒットに時間がかかる曲もある。そうした“既存曲”のアップデートも含めて、挑戦を続けいきたいと思っています。
(文/児玉澄子)