ニッポン放送が開局記念日にあたる15日に、開局65周年を記念して約17時間の特別番組『おかげさまで65周年“あなたとROCK&GO!”』(前5:00~後9:50)を生放送した。リスナーへの『感謝』の気持ちをつたえる今回の特番では、同局のこれまでの歩みを「ニッポン放送ヒストリー」と題し、時系列でプレイバックしたほか、新しい取り組みも紹介。また「私とニッポン放送」をテーマに、50組を超える新旧パーソナリティーからのメッセージが放送された。

【写真】たけしからCreepyNutsまで…新旧パーソナリティーが登場

 5時から9時は「ニッポン放送ヒストリー~1950年代・1960年代・1970年代編~」。朝5時台の生放送ゲストに開局3年目の1957年にアナウンサーとしてニッポン放送に入社した東海林のり子が登場。当時、結婚前に付き合っていた夫へのデートへの合図として、番組中の時報告知にて「まもなく午前6時です」というところを、「まもなく…午前6時です」と間を空けて、先輩からの誘いでデートできない、という合図を彼氏に送っていたというエピソードを披露した。

 6時台には、朝の生放送を合計30年以上担当した高嶋ひでたけが生出演。1965年にニッポン放送に入社した高嶋ひでたけは入社当初はスポーツ部のアナウンサーだったが、「オールナイトニッポン」への興味が高まり、当時の編成局長に直談判。「ショウアップナイター」のスポーツアナウンサーと「オールナイトニッポン」のパーソナリティーの掛け持ちをすることになった。掛け持ちのスケジュールはさすがにきつく、「ショウアップナイター」の実況中に居眠り事件を起こしたこともあったとの話が飛び出した。

 7時台は1970年代の音楽番組にスポットをあてた。大石吾郎がDJを担当し、1971年から1986年まで放送した番組「コッキーポップ」を紹介。「コッキーポップ」はヤマハのポピュラーソングコンテスト(ポプコン)で入賞した曲を中心に、ポプコン出身者をゲストに迎えた音楽番組で、特別番組にコメントを寄せた大石は、「ポプコンと番組を通じて、シンガーソングライターを発掘し、ニューミュージックブームを作り、多くの才能に出会えたことに感謝したい」と語った。

 9時から午後1時までの第2部は「ニッポン放送ヒストリー~1980年代・1990年代・2000年代編~」。9時台には萩本欽一がニッポン放送『欽ちゃんのドンといってみよう!』(1972年~1979年)から大人気テレビ番組『欽ドン』につながったエピソードを披露。10時台のゲストに笑福亭鶴光が登場。下ネタのおかげで、学校では聴いちゃいけない番組と指定されるほどの反響だった『笑福亭鶴光のオールナイトニッポン』の話題から、2代目アシスタントの田中美和子が、番組内で漢字を数々読み間違えるなどの失敗を、鶴光がツッコみ大人気番組となった『鶴光の噂のゴールデンアワー』の思い出を語った。

 11時台、12時台には『ラジオビバリー昼ズ』でもおなじみの高田文夫氏が生登場。『ビバリー昼ズ』が始まった頃、直前の時間帯に『玉置宏の笑顔でこんにちは!』があり、玉置宏さんから芸について、いろいろ教えてもらったそう。玉置さんから「機嫌の良いのが良い芸」「スタジオではスリッパを履いてリラックスして話した方がよい」と、玉置さんの番組が最終回を迎えた後に、スリッパを譲り受けたエピソードが披露された。同時間帯は、ビバリーファミリーの松本明子、東貴博、春風亭昇太、松村邦洋、磯山さやかもお祝いコメントを寄せた。

 午後1時から午後5時までの第3部は「特集企画篇」。1時台は「ラジオ・チャリティ・ミュージックソン」を特集。1975年、初代パーソナリティーを務めた萩本欽一の当時の貴重な音源や2011年にパーソナリティーを務めたゆずの有楽町駅前での生演奏の模様がオンエアされた。2006年と14年の2回にわたりパーソナリティーを務めた上戸彩は「本当に私がみなさんから元気とパワーをもらう24時間でした」と振り返り、「ラジオ・チャリティ・ミュージックソンがこれからもずーっと続いていきますように」と呼びかけた。

 2時台は「ショウアップナイター」を特集。「ショウアップナイター」スタート時の
1966年から担当し、実況した野球の試合数は1600を超えるという、“ミスターショウアップナイター”深澤弘アナウンサーが生登場。同い年の長嶋茂雄とは深い交流もある“盟友”であり、様々なエピソードを持つが、1974年の長嶋茂雄引退セレモニーの実況も務めた深澤が、この日に至るまでの裏話を披露した。

 3時台のテーマは「ユーミンとニッポン放送」。ゲストに松任谷由実が生登場。『オールナイトニッポン』を1988年4月から1999年3月まで11年間担当し、女性パーソナリティーの最長記録を持つユーミンが、ラジオから生まれた名曲「瞳を閉じて」が誕生した経緯や『ユーミンのオールナイトニッポン』をモチーフに作った「Valentine‘s RADIO」について語ったほか、過去に放送された番組のダイジェスト版が放送された。

 1981年から1990年末までパーソナリティーを務めたビートたけしは、名コンビ・高田文夫との阿吽の呼吸について語り、出演した映画『戦場のメリークリスマス』が『カンヌ国際映画祭』で受賞を逃したときに2時間愚痴をこぼしているだけの放送になったことなど様々なエピソードを振り返った。そして「ラジオの放送を聴くといろいろ想像できたり考えられるから、意外に優れてるのかなと思う」と、ラジオの魅力について言及した。パーソナリティー最長記録を更新中のナインティナイン岡村隆史、そして、現役パーソナリティーである WANIMAや乃木坂 46 のコメントをオンエアした。

 午後5時からの第4部『ニッポン放送ヒストリー~2010年代変、そして未来へ~』では、5時台に、2016年から4年連続で新春の長時間特番を担当した三四郎が登場。長時間番組の“秘訣”を飯田アナが尋ねると、「抜くところは抜く。そうしないともたない(笑)」と小宮浩信。「10年後も新春特番を担当でしたい」と意気込むと、「10年後はいったい何時間番組になっているんだ?」と相方の相田周二に突っ込まれる場面も。

 7時台には、故・ジャニー喜多川さんに哀悼の意を表して、ジャニーズ特集を放送。ニッポン放送の初ジャニーズ番組『ジャニーズ・ジャンプ』最終回(昭和42年11月)の音源がオンエアされ、リスナーからは光 GENJI、中居正広、Kinki Kids、V6、Kis My Fit2など、さまざまなジャニーズのパーソナリティーが担当した番組の思い出が寄せられた。

 8時台には火曜の『オールナイトニッポン0(ZERO)」を担当するCreepy Nutsが登場。現在の「オールナイトニッポン 0(ZERO) 」のレギュラーパーソナリティーの中で、唯一の“2年目”ということの心境をたずねられると、 DJ 松永は「ラジオってリスナーに寄り添わなきゃいけないのに、(パーソナリティーの)ラインナップがちょっとスターすぎてリスナーがビビっちゃってるから。実際、ニッポン放送のイベントに駆り出されまくってる、スケジュールがすぐ抑えられる俺らみたいな便利屋が、1週間に1回いないとダメなんすよ」と熱弁し、「3年目もよろしくお願いします」とPRした。

 エンディングとなる、9時台には最後のゲストとして水曜の『オールナイトニッポン0(ZERO)』を担当するテレビ東京プロデューサーの佐久間宣行氏が「大トリがただのサラリーマンっていいんですか?」と明るく登場。10年後のニッポン放送について飯田アナから問われると、『テレビ東京の10年後もわからないのに」と笑いを誘った。また、リスナーからいつの間にか「船長」と呼ばれるようになったが、酔っぱらったリスナーから駅で「船長!」と抱き着かれたことなど、パーソナリティーとリスナーの距離の近さに驚いたエピソードを披露。テレビとラジオの魅力について問われると、それぞれの特性について「テレビが面白いと人気が出る。ラジオが面白いと好きになる」と明かしていた。