1984年ロサンゼルス五輪の公開競技だった野球で日本代表を監督として金メダルに導いた松永怜一(まつなが・れいいち)さんが12日、老衰のため死去した。90歳。北九州市出身。後日、家族葬を行う。

 福岡・八幡高、法政大で内野手としてプレー。法政一高(現法政高)、堀越高(ともに東京)の監督を経て65年から法政大監督を務めた。東京六大学リーグを6度制し、プロ野球で強打者として活躍した山本浩二、田淵幸一らを育てた。

 71年から住友金属を率い、日本選手権で優勝2度。アマチュア球界での要職のほか、日本オリンピック委員会(JOC)選手強化本部長などを歴任した。2007年に野球殿堂入りした。