鳥取県米子市は8日、国史跡「米子城跡」の三の丸で発掘を進めていた江戸時代末期の米蔵跡は東西約30メートル、南北約6メートルの規模と判明したと発表した。年貢米を貨幣に替えるために、大阪にあった鳥取藩蔵屋敷に送るまでの保管場所だったと考えられ、米子一帯の年貢米を保管するために大型だったという。また初代城主中村一忠の時期と思われる1600年ごろの石敷きの水路も発見された。

 米蔵跡は掘った溝に石を詰め、その上に大型の平らな石を敷き並べた基礎部分。場所や寸法は江戸末期の絵図とも一致した。絵図に描かれた米蔵は大型10棟と小型3棟で、今回見つかったのは大型米蔵の一つ。