奈良県橿原市の藤原宮跡(694~710年)で、中枢部の「大極殿」の北側で建物があると予測されていた場所に、建物跡が確認できなかったと30日、奈良文化財研究所(奈文研)が発表した。藤原京は16年で平城京(奈良市)に遷都、短命な都として知られる。

 藤原宮は、藤原宮より前に造営された前期難波宮(大阪市、7世紀半ば)に構造が似ているという。藤原宮大極殿の北側には、難波宮の天皇の控室とみられる「内裏後殿」に相当する建物があるとの予測があったが、相当する場所で建物跡は見つからなかった。奈文研は「建物配置の計画はあったが着手に至らなかったとも考えられる」としている。