四大公害病で初めて原告企業を訴え、勝訴した新潟水俣病第1次訴訟の判決から50年となる29日、被害者団体などが新潟市内で記者会見し、加害企業の昭和電工や国に全ての被害者の救済などを求める宣言を発表した。

 1次訴訟は1967年に被害者77人が昭和電工に損害賠償を求めて提訴し、71年に原告が勝訴。公害裁判の先駆けとなった。一方で77年には国が患者認定の基準を厳格化、現在も認定を求める訴訟が続いている。

 宣言では、患者として認定される人は少なく、認定制度が被害者の切り捨てにつながっていると指摘。裁判が長期化していることや被害者らの高齢化に言及し早期救済を求めた。