1970年代に内戦状態のカンボジアでポル・ポト派の支配地域に取材に出たまま行方不明となり、死亡した共同通信元プノンペン支局長の石山幸基記者=不明時(30)=の妻陽子さん(75)=横浜市=が、夫の帰りを待った日々の思いなどをまとめた本「そして待つことが始まった 京都 横浜 カンボジア」(養徳社)を自費出版した。

 石山記者は73年10月、当時のカンボジアのロン・ノル政権と武力闘争を続けていたポル・ポト派の支配地域「解放区」に向かい行方不明となった。74年1月ごろ、ポト派の拠点があった中部コンポンスプー州の山中で病死、埋葬されたことが地元住民の証言で判明した。