日米開戦から80年の今年、昭和天皇の侍従長だった百武三郎(1872―1963)が残した日記が公開された。昭和天皇は非戦論者だったとされるが、側近の内大臣木戸幸一の言葉として天皇の開戦への決意が「行過ぎの如く見ゆ」と記されるなど、開戦か非戦か時勢の中で揺れ動いた天皇の姿が浮かび上がる。

 日記は、百武の遺族から東大に寄託され、今年9月に閲覧可能になった。海軍大将だった百武は、二・二六事件で襲撃され重傷を負った鈴木貫太郎の後任として36年から44年まで侍従長を務めた。