元日銀審議委員の中原伸之氏が1日午前、肺炎のため東京都文京区の病院で死去したことが9日、分かった。86歳。金融危機で景気が急速に悪化していた1998年に日銀審議委員に就き、デフレ対策として物価目標や大胆な金融緩和政策の導入を訴えた。東京都出身。葬儀・告別式は近親者のみで行った。喪主は妻和子さん。

 東大経済学部卒。米ハーバード大院の修士課程を修了し、59年に東亜燃料工業(現ENEOS)に入社。86~94年に社長として指揮を執り、98~2002年に速水優氏が総裁だった日銀の審議委員を務めた。

 政策金利の引き下げや量的金融緩和政策の導入を日銀に迫った。