太平洋戦争末期、米軍機の空襲で犠牲になった青函連絡船の乗客乗員計424人の追悼集会が14日、青森市であった。遺族1人を含む約30人が参加、戦後75年の節目に折り鶴を追悼碑に手向けた。

 唯一出席した遺族は青森市に住む黒滝富江さん。「15歳の時、空襲で連絡船の1等航海士だった父を亡くした。世界中が平和になってほしい」と話した。主催した「青森空襲を記録する会」の今村修会長(78)は「風化させることなく後世の人たちに語り継いでいくことが平和の大きな力になる」とあいさつした。

 青函連絡船は戦争末期、北海道から本州に石炭や食料などを運び、米軍の攻撃対象になった。