鹿児島市で2316人が犠牲となった1945年6月の空襲から17日で75年を迎え、遺族や市職員が同市内にある慰霊碑に献花し、黙とうした。新型コロナウイルス感染拡大防止のため、市は参加人数を減らすなどして例年より規模を縮小した。

 市によると、海軍航空隊の飛行場があった鹿児島市は、45年3月から同年8月まで8度空襲に遭い、計3329人が亡くなった。このうち、最多2316人の死者が出た6月17日深夜の空襲では、推計約13万発の焼夷弾が投下されたという。

 鹿児島市遺族会の山元正光会長(84)は「実施されてうれしい。再び戦争の惨禍を起こさないようにしたい」と話した。