第2次大戦中、陸軍の依頼で原爆開発を試み、広島市への原爆投下直後に現地調査に入った理化学研究所が当時使用していた東京都内の建物から、調査時に収集されたとみられる原爆死没者の遺骨が12日までに見つかった。理研は同日、広島市に引き渡した。

 見つかったのは骨片7点と骨粉21点。4人の名前や体の部位、収集日などが記されたメモもあった。遺骨が全部で何人分なのかは不明。市の調査では、陸軍の調査報告に4人のうち3人と同じ名前を確認できた。

 市は今後、身元不明か引き取り手のない遺骨が眠る平和記念公園内の「原爆供養塔」に納める。