暴力団排除運動の先駆けとなった1980年代の浜松市の組事務所撤去運動に尽力し、日弁連民事介入暴力対策委員長や副会長を務めた三井義広(みつい・よしひろ)氏が7日午前9時6分、病気のため浜松市内の病院で死去した。67歳。浜松市出身。葬儀、告別式は近親者で行う。

 85~88年に浜松市の海老塚地区にあった指定暴力団山口組系「一力一家」組事務所の撤去を求める住民運動で、弁護団長として先頭に立って奔走した。運動を続ける中で、組員から背中を刺され重傷を負うなど抵抗に遭いながらも撤去を実現させ、92年の暴力団対策法施行にもつながったとされる。