【カウラ共同】太平洋戦争中の1944年8月、オーストラリア東部カウラの捕虜収容所から日本兵が集団脱走を図った「カウラ事件」は5日で発生から75年。収容所跡地では発生時刻の午前2時(日本時間同1時)ごろ、日本兵の脱走を知ったオーストラリア軍が周囲に異変を知らせるために打ち上げた照明弾を再現する行事が行われた。

 凍える冬の夜空に照明弾のピンクの光が輝き、集まったカウラ市民や日本側の関係者が神妙な様子で当時に思いをはせた。死亡した兵士らのために読経もささげられた。

 事件はラッパを合図に日本兵約千人が脱走を試み、オーストラリア兵の銃撃や自殺により231人が死亡。