2022.08.04

震災時、釜石小児童はなぜ命を守れたのか 卒業生ら教訓を発信

篠原優斗さん(中央手前)と避難ルートを走って体験する児童たち=3日、釜石市天神町
篠原優斗さん(中央手前)と避難ルートを走って体験する児童たち=3日、釜石市天神町

 東日本大震災時、学校の外にいた釜石小児童はなぜ命を守れたのか-。下校後に当時の全校児童184人が各自の判断で逃げ、助かった同校卒業生らが防災教育を振り返り、発信を始めた。3日は釜石市内の児童向け学習会を開き、先月には防災教育冊子を発刊した。予測不能な大災害が頻発する中、11年余りの時を経て語る教訓を基に「地域の実態に合った対応を考えてほしい」と意を強くする。

 「もしも今、大地震が起きたらどう行動しますか」。震災当時、同校6年だった釜石市只越町の地方公務員篠原優斗さん(24)は同日、学習会で市内の小学5、6年生10人や教育関係者に問いかけ、自身の避難路をたどった。

 あの日、同級生やその弟ら十数人と友人の家で遊んでいた篠原さんは、地震後に海側へ向かう近くの避難場所ではなく、より海から離れた旧釜石小跡地を避難先に選んだ。市街地は信号機が止まり混乱するさなか、低学年の児童らを先に走らせる気配りも忘れなかった。

 学習会は震災発生時に釜石小校長だった岩手大特命教授の加藤孔子(こうこ)さん(64)らが風化を防ぎ、教訓を伝えようと企画。7月28日には加藤さんを中心に冊子「このたねとばそ」(A4判、83ページ)を発刊した。

 冊子は▽2008年に始めた下校時津波避難訓練など同校の防災教育▽あの日、自己判断で避難した児童の証言▽震災直後に学校再開に奔走した教職員の対応-などの詳細を記録。同市鵜住居(うのすまい)町のいのちをつなぐ未来館で50冊を無料配布している。

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 記事全文は、8月4日付の岩手日報本紙をご覧ください。

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