今春に着任し、記者生活が始まって3カ月余りがたった。入社後3年間は営業部門に所属しており、初めての土地で初めての仕事。もはや転職したような気持ちだ。「そろそろ慣れてきたか」と声をかけられることも増えてきたが、めっそうもない。同僚や地域の人々に支えられ、「新米記者」として一歩踏み出したところだ。

 7月初旬、かつて山田高で英語を教えていた菊池恒男さん(82)=北上市在住=が山田町で開いた油彩画展を取材した。教員時代に勤務した県内各地で個展を開催するも、東日本大震災で被災し、復興半ばの同町ではなかなか実現できず、開催は悲願だった。

 背中を押したのは40年以上前の同校の教え子たち。「先生はいつまでたっても目をかけてくれる。電話や手紙をかかさない」と口をそろえる。恩師の願いに応えるため、会場の手配や設営に奔走し夢をかなえた。

 長い年月を経てもなお、互いに歩み寄る姿が心を打った。思えば、新型コロナウイルス禍で友人や知人と顔を合わせる機会が少なくなり、縁遠くなった気がする。「コロナが落ち着いたら会おうよ」は、社交辞令としてすっかり定着してしまった。新しい場所で一つ一つの出会いをかみしめ、一生ものの信頼関係を築く努力をしたい。

(阿部慶太)