2022.05.24

「人任せでなく自ら情報得て」 チリ地震津波襲来から62年

㊧当時の地図を示し、チリ地震津波を振り返る菅野泰夫さん=陸前高田市気仙町、㊨自身の津波体験を元に、情報収集の重要性を訴える鳥井英志さん=大船渡市大船渡町
㊧当時の地図を示し、チリ地震津波を振り返る菅野泰夫さん=陸前高田市気仙町、㊨自身の津波体験を元に、情報収集の重要性を訴える鳥井英志さん=大船渡市大船渡町

 1960(昭和35)年に南米チリで発生した巨大地震に伴い、本県などを襲ったチリ地震津波から24日で62年。「近所の人が教えてくれた」「漁協のサイレンで知った」-。気仙地区で被災した鳥井英志さん(80)と菅野泰夫さん(88)は、少ない情報を頼りに命を守った当時を思い起こす。今年1月には、南太平洋のトンガ沖海底火山の噴火から約7時間後に本県に津波が到達。テレビの情報を注視した2人は、遠地津波の体験を元に「昔と違い情報は豊富だ。人任せではなく自ら得ることで命は守れる」と訴える。

 大船渡市大船渡町の鳥井さんは62年前の早朝、近所の住人が避難を呼びかけたことで初めて津波襲来を知った。その光景は今も鮮明に残り、「自宅前のJR大船渡線の線路が枕木を付けたまま垂直に立った。その上を黒い波が越えてきた」と振り返る。

 ほぼ同じ時、旧気仙町漁協職員だった陸前高田市気仙町の菅野さんは、漁協のサイレンで起こされた。「入札の知らせにしてはやけにしつこいな」と思ったが津波と分かり、加工場のある長部川河口から海岸に目をやると、潮位が不気味に変動していた。

 誰かの叫び声しか新たな波を知るすべがなかったという鳥井さんは「踏切に引き揚げた遺体も、次の波が来ると全てさらわれてしまっていた」と顔をこわばらせ、菅野さんは「波と競争するように逃げた」と振り返る。

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 記事全文は、5月24日付の岩手日報本紙をご覧ください。

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