残したい記憶、教訓は何か。大槌町は今、東日本大震災をまちとしてどのように受け止め、伝承していくかの岐路に立っている。

 昨秋から7回にわたり行われた震災伝承の検討会。旧役場庁舎と観光船が乗り上げた旧民宿の両跡地をどのような伝承の場として整備するか、毎回約15人の町民らが参加し話し合った。

 誰に、何を、何のために-。根底に立ち返った対話で繰り返された「二度と同じような悲しみが生まれないように」との祈りの声。一方で具体的な整備イメージはそれぞれの求める形が交錯し、最後まで一つにまとまることはなかった。

 今月、震災伝承事業の全体の在り方を考える別組織が「話し合いの機運が生まれたのは貴重なこと。結論を急がず、対話の場を継続するべき」との報告書を町に提出した。

 形にしようとすると大半の思いははざまにこぼれ落ちてしまう。11年間で多くの思いがのみ込まれ、「関わりたくない」空気感が広がってはいないだろうか。

 学校関係者は「子どもたちの中で『昔の津波』になっている」と懸念し、遺族は「どんなものを造っても語る人間がいないと忘れられる」と警鐘を鳴らす。

 思いの積み重ねが伝承だとしたら、今、祈りの声を上げ続ける人々に向き合わなければと、私は思う。

(加藤菜瑠)