2022.01.26

白瀬矗と同郷の観測隊員奮闘 110年の節目、先人に思い

隊員宿舎の前に立つ佐藤弘康さん。同郷の白瀬矗が110年前に探検した南極で観測に励む=昭和基地
隊員宿舎の前に立つ佐藤弘康さん。同郷の白瀬矗が110年前に探検した南極で観測に励む=昭和基地

 【昭和基地で報道部・菊池健生】白瀬矗(のぶ)(1861~1946年)が日本人として初めて、南極を探検してから110年。白瀬と同郷、秋田県にかほ市出身の観測隊員佐藤弘康(ひろのり)さん(36)=マリン・ワーク・ジャパン=が、海洋観測に当たっている。先人の節目に極地にいる縁を感じながら、酸性化や環境変動といった海の解明に貢献しようと励む。

 「南極を志すようになったのは、地元にそういう人がいたからだろう。不思議な縁を感じる」。南極の海に抱かれ、佐藤さんは郷土の偉人に思いをはせる。

白瀬矗(白瀬南極探検隊記念館提供)

 白瀬は現在のにかほ市金浦出身。地元の英雄として顕彰され、白瀬南極探検隊記念館がある。同市象潟町出身の佐藤さんも「小学生の時に社会科見学で記念館に行った」と記憶する。この頃から理科が好きで、本荘高(同県)では部活動で酸性雨を研究し、大気の物質循環に興味を持った。

 アムンゼンとスコットが南極点到達を競った同時期に南極にいた白瀬が、氷上を南進し、南緯80度5分付近を「大和雪原(やまとゆきはら)」と命名したのは1912(明治45)年1月28日。110年後、佐藤さんは一足早く昭和基地を離れ、観測船しらせの船上にいる。長期間の復路観測はこれからが本番だ。

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 記事全文は、1月26日付の岩手日報本紙をご覧ください。

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