私の父の姉に当たる伯母は10代の終わりごろ、縁あって東京の人と結婚したそうだ。優しい男性だというので、私の祖父母は喜んで嫁がせたという。1940(昭和15)年あたりだから、太平洋戦争が始まる前のことだ。

 伯母夫婦には女の子が生まれ、仲良く暮らしていた。ただ、伯母は幼い頃から体が弱く、東京の生活も合わなかったのか、徐々に病気がちになった。戦時下で食べ物が乏しく、栄養面での問題もあったのだろう。やむを得ず、子どもと一緒に岩手に帰ってきた。

 やつれた伯母を見て、祖母は大声を上げて泣いたという。何かごちそうを食べさせようと、小豆のいっぱい入った甘いひっつみや、大根を入れたひっつみ、ご飯や漬物を出した。久しぶりの古里の味に、伯母は「おいしい、おいしい」と涙しながら食べたそうだ。

 私の父は戦死し、伯母も25歳で亡くなった。伯母もまた、戦争の犠牲者だと思う。娘と息子と2人を同時期に失った祖父母は、どんなにつらかったか。私には想像がつかない。戦争は本当に、人の生き方を変えてしまう残酷なものだ。

 伯母の子は私の「姉」としてその後、一緒に暮らした。現在は埼玉県におり、80歳のおばあちゃんになっている。