2021.05.20

「あじあ号」今どこに 旧満州を走った超特急豪華列車

「あじあ号」をけん引した(右から)「パシナ」の751号機と757号機=中国遼寧省瀋陽市の瀋陽鉄路陳列館
「あじあ号」をけん引した(右から)「パシナ」の751号機と757号機=中国遼寧省瀋陽市の瀋陽鉄路陳列館

 「新幹線(しんかんせん)の原型とされる『あじあ号』の蒸気機関車(じょうききかんしゃ)が中国・遼寧(りょうねい)省大連(だいれん)の車庫に眠っているという記事を以前読んだ。今、どうなっているか知りたい」。西日本新聞社(福岡市)の特命取材班に読者から調査依頼が寄せられた。あじあ号とは現在の中国東北部の旧満州(まんしゅう)国(1932~45年)で日本の国策(こくさく)会社、南満州鉄道(満鉄)が運行していた超特急豪華(ごうか)列車。花形(はながた)機関車の行方(ゆくえ)を追った。

 「歴史伝える遺物(いぶつ) 大連にたたずむ」。2006年10月の西日本新聞に、あじあ号の記事が掲載されていた。大連鉄道国際旅行社の車庫に当時世界最速の時速130キロで旧満州を縦断(じゅうだん)したあじあ号のパシフィック型蒸気機関車(パシナ)が保存されている―とある。

 パシナは満鉄が日本の川崎重工や大連の工場で計12両製造。1934(昭和9)年からあじあ号をけん引した。日本の傀儡(かいらい)国家「満州国」の首都(しゅと)だった新京(しんきょう)(現在の吉林(きつりん)省長春(ちょうしゅん))―大連間の約700キロを8時間半で結んだ。

 旅行社に問い合わせると、パシナ757号機を日本人観光客に有償(ゆうしょう)で公開していたが「もうここにはない」という。2012年末に瀋陽(しんよう)市の瀋陽鉄路陳列(ちんれつ)館に移送(いそう)されたとのことだった。

「あじあ号」展望車の様子=中国遼寧省瀋陽市の瀋陽鉄路陳列館に展示

 あじあ号は全車両に冷暖房(れいだんぼう)を完備し、食堂車や展望(てんぼう)車も連結した豪華列車。「東洋(とうよう)における陸の王者」と呼ばれた。新京―大連の特急料金込みの運賃は小学校教員の初任給が46円30銭(せん)(1933年3月時点)の時代に1等車36円90銭(開業当時)と高額だった。

 戦争激化に伴って43年にあじあ号の運行は休止。戦後、中国の鉄道当局に接収(せっしゅう)されたパシナは「勝利7型」と改称(かいしょう)され、一部は80年代まで列車をけん引した。日本の鉄道関係者による訪中団(ほうちゅうだん)が、瀋陽近くの機関(きかん)区でスクラップ寸前(すんぜん)の1両を見つけたという。

 現存する2両がそろう瀋陽鉄路陳列館を訪れた。同館は2019年まで研究者や鉄道関係者以外には非公開だった。パシナは「日本軍国(ぐんこく)主義(しゅぎ)の中国侵略(しんりゃく)の証(あか)し」とされつつも、観光資源(しげん)となっている。入館料は80元(約1350円)だった。

 中国の鉄道史を彩(いろど)る68両の機関車や客車、貨車(かしゃ)が並ぶ館内を歩くと、鮮(あざ)やかな水色と緑色の2両の流線形(りゅうせんけい)機関車が目に飛び込んできた。パシナ751号機と757号機だ。どちらも1934年製で全長約26メートル。車輪は直径(ちょっけい)2メートルもある。

 館内では、中国の清朝(しんちょう)が1891年に鉄道を敷設(ふせつ)して以降の中国東北部の鉄道史を、当時の写真や史料と共に紹介している。

 「日本の傀儡統治(とうち)時代」というコーナーには、あじあ号が疾走(しっそう)する写真があり「満鉄の本質は侵略と略奪(りゃくだつ)だった」と記される。ただ、パシナは中国の人々にも人気。1個5元(約85円)の土産(みやげ)用トランプにもパシナ751号機が登場していた。

 残された線路や駅舎(えきしゃ)、機関車など使えるものはフル活用し〝負の歴史〟も観光資源とする中国のしたたかさも垣間(かいま)見える。鉄道ファンならずとも訪れる価値がある場所だ。

 (西日本新聞社提供)

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