2021.03.09

⑰被災地を歩く 大船渡市大船渡町

【2011年3月11日】 津波で甚大な被害を受けた大船渡町中心部
【2011年3月16日】 被災直後の大船渡中体育館。燃料不足で日中はストーブを使わず避難した人は寒さに耐えた
【2011年6月9日】 初夏を迎えた大船渡中体育館の避難所。プライバシーを守る居住用テントが設置されていた
【2016年3月13日】 商業施設や災害公営住宅の建設が進む大船渡町中心部。左手奥には「新旧」の大船渡プラザホテルが見える
【2021年3月3日】 大船渡中体育館で13日の卒業式に向けて合唱の練習をする生徒
【写真=2011年3月11日、11年3月16日、11年6月9日、16年3月13日、21年3月3日】

次代へつなぐ出発点に

 5歳まで過ごした古里の大船渡市大船渡町に恐る恐る足を踏み入れた2011年3月16日。色を失った営みの跡が次々と目に入り、言葉をなくした。「何か使えるものがないかと…」。理容店を営んでいた親戚が店のあった場所で、がれきをかき分け商売道具を捜していた。

 避難所となった高台の大船渡中体育館に身を寄せたと言い、取材車に乗せて向かった。着の身着のままの約500人が毛布にくるまり厳しい寒さに耐えていた。苦境の中、けなげに水や物資を運ぶ子どもたちの姿が光って見えた。

 あの時から10年。当時、大船渡小6年だった斎藤志公(しこう)さん(22)と再会した。「水をくむ場所まで遠かったが、猫車も使ってみんなで力を合わせた」と久しぶりに来た同校校舎や再生した街並みを見つめ、記憶をたどる。

大船渡中周辺の高台から再生した街並みを見つめ、古里への思いを巡らす斎藤志公さん=大船渡市大船渡町

 避難所の自治会長を務めた平山仁さん(52)は子どもたちの様子を「面倒くさがることなく大人以上に動いてくれた」と思い返す。読書スペースが設けられ集まって本を読んだり、夜遅くまで受験勉強する姿に「ほっとした」。子どもの存在が大人の力になった。

 2人とも大船渡町の自宅が流失した。斎藤さんは避難所生活を送りながら入学した大船渡中で野球部に入った。校庭に仮設住宅が建ち練習スペースは限られたが「グラウンドを普通に使えているチームには負けたくない」と仲間と結束。効果的なトレーニングを研究し、遠く離れた練習場にも通い、最終学年で県大会3位をつかんだ。

 大船渡高へ進み、仮設で再開したおおふなと夢商店街のライブハウスが活動拠点になった。吹奏楽部の傍ら、中学時代のバンド仲間と足を運びステージを重ねた。全国から応援で駆けつけた有名アーティストとの交流が忘れられない。

 現在は山形市の東北芸術工科大4年で、アートを軸にした古民家再生に取り組み、4月からは同大大学院に進学する。「震災後、多くの支援を受ける中で育った。これから研さんを積んで将来的に大船渡で身の丈に合った楽しく続けられる『コトづくり』に関われればうれしい」と、古里とのつながり方を思い描く。

 被災前の大船渡町中心部は商いと生活の場が一体で、常に人の息遣いが聞こえた。現在は大規模にかさ上げされ、バス高速輸送システム(BRT)のJR大船渡駅より山側に住宅地、海側に商業施設や公園が整った。昔の街並みが思い返せなくなったことに、一抹の寂しさも感じる。

 ここにきて、新型コロナウイルスの影響も重なる。おおふなと夢商店街協同組合代表理事の伊東修さん(68)は「コロナ以前に人口減で売り上げは減少傾向。地元の人が足を運びたくなる新たな取り組みも必要だ」と策を練る。

 取材の最後、大船渡中の体育館を訪れた。「きっとまた会おう あの街で会おう―」。東京電力福島第1原発事故による避難で離れ離れになった仲間を思う合唱曲「群青」。13日の卒業式を前に在校生の歌声が響く。震災後、大切に歌い継いできた。

 震災後を生きる子どもたちは地域の宝。そう思い続けている。たとえ一度離れても、関わりたいと思う「入り口」をつくること。10年は区切りでも着地点でもなく、彼らが希望を持てる古里のバトンをつなぐ出発点と捉え、大船渡のまちづくりに微力ながら取り組みたい。

(釜石支局・千葉隆治)

【2011年3月11日】 津波で甚大な被害を受けた大船渡町中心部
【2021年3月3日】 大船渡中周辺の高台から再生した街並みを見つめ、古里への思いを巡らす斎藤志公さん=大船渡市大船渡町
【写真=2011年3月11日、21年3月3日】
 

大船渡市大船渡町の復興状況 港湾の物流拠点や水産関連施設を含む中心部が壊滅し、住家は1805世帯が被災した。死者・行方不明者は156人で市全体の約4割を占める。災害公営住宅が6カ所に計197戸整備され、土地区画整理事業は2018年度末で工事が完了した。21年2月28日現在の市全体の人口(外国人人口除く)は3万4727人で、震災前の4万769人から14・8%減少。大船渡町は7429人で震災前の9948人から25・4%減少と影響は大きい。