2021.03.25

人や地域とつながる

白杖を使い、白線を頼りに歩く久保秋悦さん=釜石市上中島町
白杖を使い、白線を頼りに歩く久保秋悦さん=釜石市上中島町

網膜色素変性症

久保 秋悦くぼ・しゅうえつさん(73)=釜石市上中島町

 

③日常

 久保秋悦さんは2015年5月、釜石市上中島町の災害公営住宅に入居した。仮設住宅からの引っ越しに約1カ月費やした。徒歩で片道30分かかる公営住宅と仮設の間を、不自由な目で毎日のように往復した。

 時間をかけたのは、部屋の設計図を作るためだった。家具や家電の配置を、使い勝手を考えながら一つ一つ自分で決めた。

 「目が悪くても、どこに何があるかを分かっていれば生活できる。ここは一生暮らす場所だから、入る前に頭の中でしっかり整理整頓したかった」。久保さんは「準備」と「慣れ」の重要性を強調する。

 50代で網膜色素変性症(色変)を発症した。点字はできないが、玄関、室内など身の回りにはハンディを補うさまざまな工夫を凝らしている。

 携帯電話や時計の音声読み上げは当たり前。洗濯機、電子レンジなどはよく利用するスイッチにシールを貼り、室内にはセンサーで点灯する照明がある。

 まな板は白と黒の色違いの面があり、豆腐などを切るときは黒い面を使う。ポストに鍵を掛けるのは防犯対策に加え、手で触れて他の住民のポストと区別できるからという。

 目の不自由な人の生活を補う支援を「ロービジョンケア」と呼ぶ。久保さんは「どれも弱いところを補う工夫。そのために、まず自分の弱い部分を知る必要がある」と現実を受け入れ、最善の策を考える。

 要介護2で1人暮らし。週2回利用する訪問ヘルパーや、定期的な見回りの支援員を頼りにしてきた。

 ヘルパーへの主な依頼は買い物と掃除の補助。長年のスーパー勤務から食品は詳しい。品名と個数のほか、メーカー名も指示。注文書には大まかな値段と置いてある場所まで書き添える。

 「体の抵抗力を付けるため、吟味しておいしい物を食べたい」。こだわりの影に過去の不規則な食生活が色変につながったかもしれないという悔いがある。

 久保さんの携帯電話のトップ画面は歩数が表示される。「食事に行けば2千歩とか、散歩すれば5千、6千歩とか歩く」。昨年来のコロナ禍で機会は減ったが、普段から積極的な外出を意識してきた。

 3月上旬の好天の昼下がり。久保さんは自宅から歩いて10分ほどの飲食店に出掛けた。黄色いレンズの遮光眼鏡を掛け、両手にけがを防ぐ手袋、右手には「使用は視覚障害者の義務」と語る白杖を持つ。

 道路に点字ブロックはないが、歩くスピードは予想以上に速い。白線や文字表示、ポール、車道と歩道の段差、側溝の鉄格子など経路上のあらゆるものが目印になる。はっきりは見えなくても、歩く手掛かりになる。大切なのは「慌てないこと」という。

 災害公営住宅で生活し、つくづく感じる。「人は飯さえ食えば生きていけるわけじゃない。誰かと話をしないと生きていけない」。家の中にいれば、外の音は全くといっていいほど聞こえない。住宅内のコミュニティーはまだ弱い。「高齢者が多い。1週間、誰とも話さない人もいるはず」。住民の孤独と孤立を心配する。

 外出は時に危険を伴う。5年ほど前の夜、市内の無人駅でホームから転落した。降りた列車が出発すると、辺りから明かりが消えた。動転して花壇のような所にぶつかり、気づくとホームの下だった。

 自力で這(は)って脱出し、手をひねった程度のけがで済んだ。「列車が来たら危なかった」。不幸中の幸いだったが、その後も外出も鉄道利用もやめていない。

 「失敗したから出ないじゃなく、一度あれば二度、三度あると覚悟すること。尻込みをしたら動けなくなる」。閉じこもらず、社会と関わり続ける。久保さんは貫く。

 

 ロービジョンケア 日本眼科医会はホームページでロービジョンを「視力・視野のみでなく、視覚障害のために日常生活に不自由のある状態」としており、医療や社会、福祉、心理などの側面における各種支援を指す。具体的には視覚補助具の活用(遮光眼鏡、拡大読書器)、情報入手手段の確保(ラジオ、スマートフォン、タブレット端末)、福祉制度の利用(身体障害者手帳、障害年金)などが挙げられる。

 

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