ぱっと見ただけでは分からないが、人は誰しも痛みや悲しみを抱えて生きている。東日本大震災で大きな被害を受けた陸前高田での2年半。当たり前のそのことに実感が深まった。

 家族や大切な友を亡くした人や、思い出の詰まった家を失った人がいる。家も家族も無事だった人にとっても、生まれ育ったまちは姿をすっかり変えた。沿岸出身者の話や津波被害を伝える報道をわが事のように受け止める内陸の人にも出会った。

 取材ができるのは、つらい気持ちを抱えながらも話してくださる方がいるからだ。感謝しかない。一方で「話せない」「話したくない」というご遺族らの気持ちを置き去りにしてはいないか不安になることがある。

 「本当にもういないと認めることになるから、まだ話せない」。津波で息子を亡くしたある女性はそう言った。「テレビや新聞で前を向いて頑張っている人を見ると、10年を区切りにしなきゃだめだと言われている気がしてしまう」とも。

 だから、次の10年は「まだ話せない」人々の思いにもきちんと寄り添う時間にしたいと思う。いつか話したいと思った時に吐き出せるように、あるいはその日が来ないとしても、彼らのために何ができるのか考え続け、ゆっくり隣を歩んでいきたい。記者である以前に、一人の人間として。

(小野寺唯)