盛岡市黒石野 公務員 畠山 雅美さん(42)

 母は私の車を探して自宅近くの通りに立っていた。涙を手で拭きながら、必死に立っている母の姿は、汚れたコンタクトを付けた私の目にもすぐ分かった。

 私は陸前高田市で被災した。震災当時、多くの人が安全な高台にいたが、守るべき人のために平地に下った。

 私は身一つ、だから助かったにすぎない。どうやって内陸までたどり着いたか記憶がない。

 昨年、母は急逝した。コロナ禍、死期が近づいても母に会えない。母に会いたくて年がいもなく何度も泣いた。母の死と直面して初めて、別離の悲しみを実感した。岸壁の母はもういない。私をずっと支えてくれた母に感謝して、命ある限り人生を楽しみたい。