洋野町の「日常」は面白い。歩いて行うウニや海藻の漁、少ない電灯を逆手に取った日本一の星空のような自然だけでなく、アワビ漁に励む会社役員、サーフィン後に出勤する男性ら住民の個性も光る。

 だが、この1年は新型コロナウイルスの影響で、町の日常も大きく変わってしまった。工夫して伝えようと考えていた催しが次々と中止に。その中で今春の異動が決まり、次の取材ができないまま久慈地域を離れることになった。

 当たり前は突然変わる。コロナでその思いをさらに強くして迎えた東日本大震災発生から10年の日。被災後も人々が生活を積み重ねたからこそ至ったその日は、決して区切りではなく、これからも続く日々の一日であると強く意識した。

 発災から10年のうち5年を記者として沿岸の支局に勤務した。住民の目線で物事を捉えて記事を書けただろうか。自問自答を続けてきた。現地で復興と暮らしを見つめた経験は何事にも代え難い。これから何度も思い出し、何年たっても、どこにいても、思いを巡らせていきたい。

 どんなにまちや生活のスタイルが変わっても、私が沿岸で日常を送り、故郷のように感じていることは変わらない。心地よい海沿いのまちに、またふらっと帰ってきます。「んだら(それではまた)」

(佐藤遼太)