釜石市 佐々恵子さん(69)

 釜石市甲子(かっし)町の主婦佐々恵子さん(69)は、東日本大震災で父亀蔵さん=当時(85)=と母フユさん=当時(83)=を亡くした。同市片岸町にあった自宅は全壊し、家族や周囲の支えを糧に懸命に歩んできた。「みんなに助けられ、感謝しかない。本当に恵まれた」と振り返る。

 震災発生当日は被災を免れた友人宅に避難し、みんなで毛布を掛け合って眠った。混乱のさなか、コンビニエンスストアで店員がくれたあめが忘れられない。「このあめ一つで十分に生きられる」と感じた。

 夫の建設業正一さん(69)は震災後も身を粉にして働いた。恵子さんも12年から2年間、仮設住宅を回って困りごとを聞く支援連絡員を務めた。

 この10年間、つらかったこと、歯がゆかったことは数え切れない。亀蔵さんは実家近くで見つかったが、父が埋まっていたがれきを踏み歩いて捜していたかもしれないと思い立ち、急に眠れなくなることもある。「葛藤は自分の中でけりをつけた」と、自ら言い聞かせ続けてきた。

 10年が過ぎようとする今、「言葉にならないくらい大変な思いをしている人たちが、まだたくさんいる」と力を込める。もうこんな悲しいことが起きないように。「震災のことをどうか忘れないで」と願う。