二戸市石切所 消防職員 荒谷 雄幸さん(60)

 あの日は妻と盛岡市に出かけていた。長く強い揺れに尋常ではないと思い、部隊の被災地派遣を予想して二戸市へ戻った。

 長い車列をつくって野田村へ入った。九州の救急車が前を走り、アイスバーンの国道45号を徐行していたのが記憶に残る。県民として心の底から感謝した。途中の久慈市宇部地区では、シルバーカーを押して沿道に出て、両手を合わせて車列に感謝の祈りをささげる高齢夫婦の姿が勇気をくれた。

 既に消防学校でバディを組んだ同期隊員の訃報が入っていた。活動の背中を押してくれていたと思っている。彼は1カ月後、陸前高田市で乗っていた車とともに発見された。遺体の収容はさらに1週間後。火葬には多くの同期が集まった。

 中学生だった次男は、救急救命士となり、東京都で新型コロナウイルス感染症と闘っている。自分が親になり、親のありがたみを改めてかみしめている。3月で定年を迎えるが、現場派遣で見たこと、聞いたこと、体験したことは、後世に正しく伝える責任があると思っている。