2021.02.01

被災地を歩く⑧ 久慈市湊町、久慈港半崎地区

【2011年3月12日】 津波で被災した久慈国家石油備蓄基地。排水タンクなどが敷地内に散乱した
【2011年6月20日】 修復が進む総合管理事務所。周辺はがれき撤去が進み、木々も緑に包まれ、時の流れを感じさせた
【2011年12月19日】 復旧作業が本格化する基地内。がれきが撤去され、総合管理事務所(中央右)周辺で施設建設が始まった
【2014年6月13日】 復旧を終えた基地。震災の教訓を踏まえ、非常用設備や避難路を整備した
【2021年1月13日】 基地の東沖合では湾口防波堤の整備が着々と進む
【写真=2011年3月12日、11年6月20日、11年12月19日、14年6月13日、21年1月13日】

伝えたい記憶と信念

 2011年3月11日、久慈市湊町の金刀比羅(こんぴら)神社に上る階段の中腹から、久慈港を襲う津波を撮影した。避難してきた大勢の住民らは目前の出来事に言葉を失い、「これからどうなってしまうのだろう」と、不安な表情を浮かべていた。今も脳裏に焼き付いている。

 あれから間もなく10年。写真を撮った場所に東日本大震災後初めて立った。津波の記憶を強烈に思い出すその場所に、ずっと行くことができなかった。

久慈市湊町の住宅地と久慈港を望む高台で、東日本大震災を振り返る七十苅良一さん(右)と西前孝宣さん=久慈市湊町

 今回は、同市湊町の湊町中下行政連絡区長の七十苅良一(しちじゅうがり・りょういち)さん(78)と同神社宮司の西前孝宣さん(67)、久慈湊下組町内会衛生班長の松浦健男さん(78)が同行してくれた。

 七十苅さんが「(震災の時は)海の色が青から黒に変わり、これは大変だと思った。だけど今日は本当に穏やかだ」とつぶやく。確かに目の前には青く光る穏やかな海が広がっていた。

 10年の時を経て、震災の記憶を共有する方々と再び同じ景色を見ている状況に不思議な縁を感じつつ、心が落ち着いていった。

 七十苅さんによると、同市湊町の住民は過去の津波の経験から、高台にある同神社と寺の長寿庵に避難するのが子どものころから肌に染み付いている。震災でも七十苅さんや松浦さんらが連携し、1人暮らしの高齢者を避難させた。消防団などの誘導や住民の高い避難意識もあり、同地域で犠牲者は出なかった。

 だが震災から10年がたち、地域の高齢化と人口減少が進んだ。毎年に1度の避難訓練への参加者も徐々に減少しており、住民間の関係も薄れつつあることに3人は危機感を募らせる。

 西前さんは「町内、神社の活動ができなくなっている。若い世代に『地域のために』と考えてくれる人が増えてこないと大変になる」と憂慮。復興した地域の現状を痛切に感じた。

 復旧・復興の状況を取材してきた同市夏井町の久慈港半崎地区では、久慈国家石油備蓄基地の作業トンネルを活用した地下水族科学館もぐらんぴあを訪問。2年ぶりに宇部修館長(64)と再会した。

 被災直後から取材を続けた同水族館。宇部館長は「もう駄目だと思ったが、多くの支えであの時想像もできなかった今に至った。あっという間の10年だった」と振り返る。

 現地で再開し4月で5年。海女や南部潜りの素潜り実演など工夫を重ね、来場者の増加に努めているが、新型コロナウイルスの感染拡大で、20年度は前年の半分以下に減っている。

 それでも「地元に盛り上げてもらって今があり、その地元の良さを強く打ち出す水族館としてやっていく。この道しかないと腹をくくっている」と語る宇部館長に、苦境の中で信念を貫く力強さを感じた。

 同基地事務所の幸坂隆憲所長(53)らからは、当時の作業員らが若手や異動者に津波の脅威を伝え続けていると聞き、伝え継ぐ重要性を再認識した。

 今年の3月11日には、同基地を中心とした久慈港環境美化協会が、同基地近くの半崎緑地公園に80本の桜を植樹する。数年後、半崎地区がつらい経験を思い出す場所ではなく、市民が集い、憩う場所になることを願っている。

 (整理部・三浦隆博)

【2011年3月12日】 津波で被災した久慈国家石油備蓄基地。排水タンクなどが敷地内に散乱した
【2021年1月13日】 基地の東沖合では湾口防波堤の整備が着々と進む
【写真=2011年3月12日、21年1月13日】
 

 久慈市の復興状況 4人が亡くなり、2人が行方不明。全壊355棟、大規模半壊89棟など計1248棟の住家・非住家が被災した。観光施設や水産関係、漁港施設などを含めた市全体の被害額は計310億9015万円に上る。地上施設が全壊した久慈国家石油備蓄基地は2013年3月に復旧。隣接する地下水族科学館もぐらんぴあは16年4月に再開した。新たに避難道路13路線、避難施設4カ所を整備。28年度完成予定の湾口防波堤や湊橋の架け替えなどの一部ハード整備を除き、復旧・復興事業は20年度でほぼ完了する。