2021.12.23

大切な「今」を生きる

スマートフォンを操作し「いじっているうちに雰囲気が分かってきた。はまりそうですね」と話す小野寺美保子さん=盛岡市内
スマートフォンを操作し「いじっているうちに雰囲気が分かってきた。はまりそうですね」と話す小野寺美保子さん=盛岡市内

脊髄小脳変性症

小野寺 美保子おのでら・みほこさん(56)=盛岡市

 

④挑戦と変化

 小野寺美保子さんは11月、「スマホ」デビューをした。ずっと楽しみにしてきた。手先が不自由でも使いやすい画面表示の大きい機種にした。実際に使うと、指で画面をスライドするのが想像以上に難しかった。別売りの操作ペンを後から買った。

 メールもインターネットも初体験。岩手日報のホームページで自分の記事を見つけると、感心しきりに「へぇー、ほぉー。すごいすごい」。離れて暮らす夫の司さん(58)や友人とのテレビ通話を楽しみにし「いろいろ試してみたい」と目を輝かせた。

 新しく始めた事がある一方、趣味の手芸はあまりしなくなった。「この間、針を持ったらスムーズにいかなくて。腕と足の動きも鈍くなってきました」。目立った症状の悪化は感じないが、進行が止まっていないことも自覚する。

 例年20枚ほど書く年賀状も、一度に書けるのは5枚が限界。それ以上書くと、手が動かなくなるという。以前より服の脱ぎ着に時間がかかる。箸は持てるが、スプーンを使うケースが多くなった。車椅子から座敷への移動なども「前はもっと楽にできた」。

 同じ病気の女性を主人公にしたテレビドラマがあった。「ドラマでは若くして亡くなったけど、症状とか、ゆくゆくは自分もああなるのかなと考えながら見てました」

 願いがリハビリに表れる。従来の通所型に10月以降、訪問型とプール運動を追加した。「前は手の指ももう少しまっすぐだったので、最近はお風呂でグー・パーをします。今のうちにやれることはやりたい」。白旗は上げていない。

 「自分の病気のことを知りたい」気持ちが強くなっている。幼い頃から親任せだったが、難病の支援団体と関わり、意識が変わってきた。同じ病気でも症状や進み具合に個人差があること、難病にも血液や神経などさまざまな種類があると知った。車椅子で街に出れば、見知らぬ誰かの介助がありがたい。だから「多くの人に病気のことを知ってほしい」とも考えるようになった。

 3年ほど前、盛岡市内に暮らす脊髄小脳変性症の男性と、その母親の講演を聴いた。小野寺さんは中学2年で母の美和さんをがんで失った。「母も生前、すごく案じていたと聞いた。お話と自分を重ねちゃいました」。伏せた目を赤くした。年齢を重ね、たくさんの人に見守られてきたことに改めて気づかされた。

 障害のない者にすれば、小野寺さんの生活は不自由で制約ばかり。それでも本人の発想は、車椅子があれば行きたい所に行けるし、福祉サービスを使えば1人暮らしも続けられる-。

 小野寺さんは「『大変ですね』とか『かわいそう』と言う人もいる。だけど自分は『いや、そうでもないよ』という感じですね」とほほ笑む。

 同じのような病気の人に声を掛けるとしたら「先のことを心配して進めなくなるなら、そうなったときに考えればいいかな」。「やっぱり私は、のほほんとしてますね」。小野寺さんは大切な「今」を、これからも軽やかに生きていく。

(小野寺美保子さんの回は終わり)

 

関連リンク