今年の春から記者になった。入社から数年間、営業畑で仕事をしてきた私にとっては「転職か」と思うほどの環境変化。二つの部署の苦労ややりがいを比較しながら過ごす日々だった。

 変わらないのは、人脈の大切さだ。雫石町上空での飛行機の衝突事故から50年目の特集記事を担当した時は、ありがたいことに3人の関係者の方から話を聞くことができた。

 当時、遺体の確認作業に携わった鈴木邦彦さん(75)は「1人目から最後の方まで亡きがらを見てきた」と一言ずつ丁寧に、凄惨(せいさん)な現場の状況を教えてくれた。その声色や口調に引き込まれ、知れば知るほど自分の無知を恥じた。

 墜落現場付近に整備された森のしずく公園(旧慰霊の森)は過去に悪質ないたずら被害を受けたが、そこでの出来事や関係者の思いを知れば、いたずらをしようとは思わないはずだ。

 どんな事故や事件、災害も風化と闘っている。関係者を探すことは時の流れとともに難航する。「どうやって探そう」と私はしょっちゅう頭を抱えている。しかし、巡り合えた方々の話は興味深く、気づけば2時間にわたり話し込んでしまったことも。

 貴重な証言を掘り起こし、鮮明に伝え続けるため、自分自身の人脈も丁寧に築いていきたい。

(平野祥子)