本紙地域欄で随時掲載している「降伏の時」。第2次世界大戦時、釜石市にあった捕虜収容所の所長を務めた故稲木誠さんの手記だ。敗戦の日から捕虜を連合軍に引き渡すまでの1カ月がつづられ、その原稿用紙を遺族が保管していた。

 手記を読んだのは昨年。1945年8月15日から始まり、日々が克明に描かれている。収容所の実態、捕虜や軍関係者の行動など初めて知ることばかりだった。稲木さんは戦後、艦砲射撃の際の安全管理責任などでBC級戦犯として罪に問われた。

 釜石艦砲射撃の歴史に触れる機会は多かったが、収容所については圧倒的に少なかった。「自分が暮らす地域で何があったのか。戦争犯罪とは何か。読み取れることはたくさんある」。捕虜問題に詳しい専門家に取材した際の言葉が残る。

 読者から問い合わせもあった。市内の女性は「知らないではすまされない」と関心を高め、別の女性は「今年は戦後76年。継承がますます重要です」との言葉をメールで寄せた。両親から稲木さんの名前を聞いたという男性もいた。

 稲木さんの孫は「一つの真実として、知ってほしい」と願う。手記を通じて知った地域の姿。東日本大震災から3月で10年を迎えるのを前に、「知り、考える」ことの大切さを改めて思う。

(川端章子)