2021.01.13

⑦被災地を歩く 大船渡市赤崎町

【2011年3月24日】 停電が続く中、津波を免れた民家に集まり支援物資の昼食を食べる子どもたち。互いに励まし合い生活した
【2011年6月12日】 民有地に建設された仮設住宅で生活が始まり、近くの空き地で日が暮れるまで遊び回る子どもたち
【2013年4月12日】 仮設住宅の生活が長引く中、空き部屋を利用した「めんこいサロン」で手芸を楽しむ住民たち
【2017年4月17日】 高台移転地の造成が終了し、徐々に住宅の建設工事が始まった大立・永浜地区
【2019年2月19日】 高台団地の住宅建設が落ち着き、地域住民の新たな暮らしが始まった
【2021年1月4日】「いずれは自分も地域で先頭に立って活躍したい」と見据える佐々木皓雄さん。高台団地を通る新県道の整備で地域のハード整備は一段落する大船渡市赤崎町
【写真=2011年3月24日、11年6月12日、13年4月12日、17年4月17日、19年2月19日、21年1月4日】

背中見て育つ次の世代

 大船渡市赤崎町の大立・永浜地区を初めて訪れたのは、2011年3月24日だった。市役所の駐車場で声を掛けた男性から「100人近くが避難している民家に物資を届けに行く。困っている人がたくさんいる」と、教えられたことがきっかけだった。

 発災から2週間になろうとしていたが、心はまだ津波を警戒していた。海沿いの県道9号を走る時、すぐに異変を察知できるよう土ぼこりも気にせず車窓を全開にした。今は高い防潮堤が、その海の景色を遮断している。

 津波被害を免れた民家3軒に、多い時で100人の近隣住民が寝泊まりしていた。食事の時間に野外で箸立てを順番に回す姿、「自分勝手はダメ!」と赤ペンで書かれたポスター、当時の状況は鮮明に思い起こすことができる。

 当時、避難先に身を寄せた高校生までの子どもは20人近く。そのうちの一人、佐々木皓雄(ひろたか)さん(21)と年明けに高台団地で待ち合わせた。大船渡東高を卒業後、市内の企業に就職し、社会人3年目の青年に成長していた。

 震災当時は小学5年生。家族と自宅近くの山に上がり難を逃れ、民家での共同生活やテント暮らしも経験した。「状況がうまくのみ込めていなかった。時間が流れるままに過ごした」と振り返る。笑顔で支え合っていた子どもの葛藤を今になって知った。

 地域のつながりを守ろうと民有地に建設された仮設住宅(65戸)で約6年間生活し、今は高台に再建した家で家族と暮らしている。「自分の家があるっていいですよね」。感謝の思いが自然と口に出る。

 高台移転の道のりは平たんではなかった。永浜地域大震災復興委員会(志田正二委員長)が主導して進めたが、土地取得交渉や新設する県道整備との兼ね合いなどで実現までに時間を要し、地域に焦りの空気が充満していた。

 造成工事が終了した16年9月を待たずに他地域に移った人、亡くなった人もいた。共同生活以降、一層強まった地域の結束とは裏腹に、移転希望者は減少し、実際の整備数は28区画にとどまった。

 ただ、地域の努力は次世代にしっかり伝わっている。佐々木さんが市内で就職したのは震災の経験が大きい。「人のために動き、自分たちが何とかするんだという気持ちが感じられた」と大人たちの姿を見てきた。幼なじみの同級生を誘って消防団に入団。地元の永浜鹿踊り保存会にも加わった。

 景色は変わったが、活発で協力的な地域性は変わらない。「身近な30代、40代の人のように、いずれ自分も先頭に立って活躍したい。つながりがあれば、災害の時にも有利に働く」と力強い。

 高台団地の空き区画には大立・永浜地区にゆかりのない世帯の参入が進み、地域コミュニティーの再構築が今後の課題だ。ハード整備が落ち着き、復興委員会は解散を予定するが、その内部に組織する「まちづくり委員会」の在り方が今まさに協議されている。

 住民が自由に使える集いの広場や公民館など「土台」は準備され、まちづくり委員長を務める志田真作さん(72)は「まちづくりは終わることはない。若い人に譲る時がきたと思う」と、新たなステージへの移行を見据える。

 この10年の思いがこもったバトンが託される次の担い手には、交流のきっかけづくりに期待したい。ここで暮らしてよかったと思える平穏な日常と、人々のつながりが続いていくことがささやかな願いだ。

 (報道部・金野訓子)

【2017年4月17日】 高台移転地の造成が終了し、徐々に住宅の建設工事が始まった大立・永浜地区
【2021年1月4日】 「いずれは自分も地域で先頭に立って活躍したい」と見据える佐々木皓雄さん。高台団地を通る新県道の整備で地域のハード整備は一段落する
【写真=2017年4月17日、21年1月4日
 

 大船渡市赤崎町大立・永浜地区の復興状況 両地区の113戸(約400人)のうち、津波で8割が被災し、70世帯超の住宅が全壊。現在の世帯数は90世帯に減少した。防災集団移転促進事業による高台移転は28区画を整備し、27区画が埋まり、残る1区画は公募中。高台団地内に公民館も再建し、被災跡地に集いの広場を整備した。防潮堤の一部や県道9号新ルートの工事が進行しているが、ハード面は一段落し、永浜地域大震災復興委員会は3月に解散する予定。