2021.01.11

⑤被災地を歩く 大槌町中心部

【2011年3月13日】 教職員の車や教材、ガラスが散乱した大槌小校庭(右奥が校舎)
【2011年6月16日】 散乱していたがれきが撤去され、校庭に町役場仮庁舎のプレハブが並ぶ
【2014年6月22日】 旧大槌小校舎に入った町役場周辺は盛り土工事が進む。徐々にではあるが、新しいまちの形成に向けた鼓動が聞こえる
【2017年4月27日】 町役場付近は整地され、民間住宅や災害公営住宅の建築が進められている
【2021年1月6日】 基盤整備が終了し住宅が立ち並ぶ町役場周辺
【写真=2011年3月13日、11年6月16日、14年6月22日、17年4月27日、21年1月6日】

荒波の中、光を探して

 東日本大震災から2日後、大槌町の城山公園展望台から町中心部を見渡すと、津波で押し寄せた海水が引かず、天地をひっくり返したような光景が広がっていた。がれきに埋め尽くされ、戦禍を被ったようなありさまにぼうぜんと立ち尽くした。

 住民は無力感や諦めの中から希望の光を探し、絆の力で逆風をはね返してきた。新年1月6日、同じ展望台に立ち、新しい街並みと復興の歩みを重ね合わせ、これまでの住民への取材の様子を一つ一つ呼び起こした。

 なりわいの再生は、震災後も荒波にもまれている。秋サケ漁の極度の不振もこの一つ。新巻きザケ発祥の地とされる大槌は、サケが地域に深く根付き、産業や食文化を支えてきただけに影響は甚大だ。

東日本大震災を経て新巻きザケ作りができることに感謝の思いをかみしめる中里正義さん。出来栄えに満足する一方、秋サケの不漁を憂う=大槌町本町

 同町本町の中里鮮魚店は今シーズン、県外産のサケを初めて仕入れて新巻きを作った。「大槌は秋サケが取れてこその町。本当は地場産だけで作りたいんだけど。しょうがない」。店主の中里正義さん(75)はそう語る。

 自然の恵みを生かした製法にこだわってきた。湧き水は干す前にぬめりや臭みを洗い流すために使い、町西部の新山高原からの乾いた寒風「新山おろし」が味を引き立てる。「風に『寒い寒い』と言っていられない」と感謝する。

 町内ではギンザケとトラウトサーモンの海面養殖の試験が始まっている。養殖技術の確立や加工業者への安定供給、ブランド化を目指しており、秋サケの不漁を補うことができるか、期待は大きい。

 中里さんは「ギンザケとトラウトサーモンを今年は新巻きのように仕込もうと思っている。味が良ければ量を増やしていきたい」と前を向く。

 町中心部で進められた町方地区土地区画整理事業は2017年12月に工事が完了した。一方で、工事関係者の減少に伴い飲食関係や生活用品の購買需要も減っている。

 同町末広町の岩喜酒店の岩間充店主(50)は「おととしの消費増税で売り上げが落ち、コロナでさらに減った。復興特需の落ち込みを経験した事業者もいると思う」と嘆く。

 地元経済はこのまま先細っていくのか。被災地は岐路に立たされている。

 町観光交流協会の平賀聡事務局長(50)は震災10年の節目を踏まえ「復興の次は、観光で稼ぐというのが一つの選択肢。コロナ後を見据えて町内の光る観光資源を皆で考えていきたい」と強調する。

 20年はコロナ禍でイベントが開催できない時期が続いたが「逆に業界全体で底上げしていこうという機運になった」と明るい兆しを見いだす。

 若者の町外流出が抑えられ、U・Iターンが増加し、子どもの声が響き活気があふれる-。大槌の近未来をそう思い描きたい。生活基盤が整備された後の優先課題として、特有の気候や風土、歴史を生かして、新たな産業を生み出し、育てることが必要だ。

 町中心部は依然として空き地が多いが、悲観していても何も始まらない。なりわいの再生、まちづくり活動を見てきても、移住定住の受け皿があり、町発展の伸び代があると実感する。震災で大槌町を離れざるを得なかった人、私のように新たに縁を持った人の願いでもある。

 (花巻支局・新沼雅和)

【2011年3月13日】 教職員の車や教材、ガラスが散乱した大槌小校庭(右奥が校舎)
【2021年1月6日】 基盤整備が終了し住宅が立ち並ぶ町役場周辺
【写真=2011年3月13日、21年1月6日】
 

 大槌町中心部の復興状況 町によると11年3月1日時点の町方地区の人口は3930人。少しずつ増加しているが、20年11月末は989人にとどまる。13年8月に着工した町方地区土地区画整理事業は17年12月に工事が完了した。末広町、大町、本町、上町で面積は約30ヘクタール。平均で約2・2メートルかさ上げし、道路や上下水道を整備。盛り土量は約130万立方メートルで容積124万立方メートルの東京ドームよりも多い。総事業費は約161億3千万円。区域内には災害公営住宅の団地が7カ所(末広町、本町、上町、上町第2、大町、大町第2、御社地)計277戸が整備された。