「希望」くれる妻と娘

筋萎縮性側索硬化症(ALS)
⑤家族
郷家準一さんと妻の知洸(ちひろ)さん(30)は、共通の趣味だった同人誌の即売会で知り合った。先に入籍し1年後の2014年9月に結婚式を挙げた。仲間が多い郷家さんらしい、にぎやかな宴だった。それから1年もたたない15年6月、ALSの確定診断を受けた。
働き盛りだった郷家さんは診断から程なく、勤務先の市内の鋳造会社を退職。自宅で療養生活に入った。
知洸さんは当時25歳。「まじか、やばい、どうしたらいい。死ぬじゃん」。正直な感想だった。身内は長く厳しい介護生活を予想し、離婚を勧めた。
知洸さんに離婚の選択肢はなかった。「最初に好きになったのは私の方。パパは優しくて穏やかで、甘いけれど怒るところは怒る。慈愛に満ちあふれている。全部いい」。郷家さんも診断当時の夫婦の危機を思い出し、メールに「(互いの)気持ちを確認した」ことで乗り越えられたと記した。
ディズニーのミニーマウスと新幹線が大のお気に入りという一人娘の菜七子(ななこ)ちゃん(4)。知洸さんの妊娠が判明したのは郷家さんがALSと宣告され、まだ入院中のことだった。絶望の淵に舞い降りた希望だった。
菜七子ちゃんが物心ついた頃、郷家さんは既に言葉での会話ができなくなっていた。それでも父子の間には、ちゃんとコミュニケーションが成立している。
郷家さんは菜七子ちゃんの目と表情をいつも気にしている。「娘を見ていると『見ないで』と顔を手で隠す。そんなとき、自分の思いが確かに伝わっていると感じます」。菜七子ちゃんも時折、知洸さんに「パパ、何か言ってるよ」と伝えることがあるという。
知洸さんは「病気で動けない、話せない以外は他のパパと変わりない。菜七子の成長を見たいなら私は支えるし、在宅で一緒に頑張る。家族3人がちょっとずつ我慢して笑っていられる時間が長ければ、それが幸せ」と言い切る。
ALSの患者は最終的に呼吸障害に陥り、人工呼吸器を着けるかどうかの判断を迫られる。国内では介護する家族の負担や自身の人生観などから、装着せずに死を選ぶ人が多い現実がある。郷家さんにも選択のときは必ず来る。
「大まかに言えば、私と菜七子がいるなら(人工呼吸器を着けて)延命することを関係者で共有している」と知洸さん。一方、郷家さんは取材に対して装着の考え方には触れず「家族の負担になりそう」と胸の内を吐露した。
現代医療で病気の悪化は止められない。郷家さんはよく、体が自由に動いている夢を見る。起きて真逆の現実と向き合い「死にたくなる」。今後については「あまり考えることはしないようにする」。今を見つめ、押しつぶされそうになる不安を封じ込める。
菜七子ちゃんには知洸さんの助けになってほしいと願い、これからも「2人が楽しく過ごすなら見守る」という郷家さん。家族の存在を生きる力に、病と闘い続けていく。
(郷家準一さんの回は終わり)