両川卓司さん(62) (盛岡市浅岸 自営業)

 亡くなった母は戦時中、東京で大学生活を送っていましたが、戦争が悪化してくると国立競技場で芋を植えたり、焼夷(しょうい)弾の降る中を走って逃げ回ったと話していました。東京中、遺体の山だったと。「よく生きて帰れた」と、戦争の悲惨さを何度も聞かされました。